Liberty〜天使の微笑み【完】
しばらく黙っていたものの、市ノ瀬はゆっくり、胸の内を明かしてくれて。思ったとおり、市ノ瀬は虐待を受けていた。詳しく話はしなかったが、様子からして、かなりガマンしてきたんだろうということが窺える。
ホント……無理し過ぎだ。
隣にいる彼女が、すごく愛おしくて。
出来ることなら……この手で抱きしめたい。
そんな、芽生えてはいけない感情が、どんどん膨らんでいった。
その後、市ノ瀬のはらが鳴ったこともあり、食事を一緒に取ることになったが、急いで出てきて、つい財布を忘れていたことに気が付いて。
意外な形で、部屋に市ノ瀬が上がることになった。
なんか……落ち着かない。
財布を手にし、外で待っていようと立ち上がった途端、携帯に、アニキからの電話がかかってきていた。
『よ、今いいか?』
いつもどおりの声に頷いて答えると、アニキは言葉を続ける。
『アイツとさ、今一緒にいるか?』
「いるけど……何、また連れて来いって言うの?」
『分かってんじゃん。直接来た方が近いからな、頼む』
「……悪い、今日は無理。――市ノ瀬、体調悪いから」
そう告げれば、さすがに誘わないと思っていたのに。
『んなの、最近じゃいつものことだ。いいから、連れて来てくれよ』
いつものことって……悪いって気付いてるのに、なんで無理させるんだよ!
「――なんで、そんなに来させたいわけ?」
休ませてやればいいのに。
大事な彼女なら尚更、体を気遣うなんて当たり前だろう?
『この前会えなかったからな。それに――アイツだって、嫌とは言わないぞ?』
ははっと小さく笑う声が、耳に入る。
途端、オレはもう黙っていられなくなった。
「いい加減にしろよな!」
もう、感情を抑えられなかった。
イヤだと、言わない?
そんなの、言えないの間違いだろう!?
「今日ぐらいそっとしてやれよ! は? 関係ないって……!」
ドアが開いたような気がし、視線を向けて見ると……そこには、床にへたり込む市ノ瀬がいた。
大声に驚いたのか、市ノ瀬はどこか怯えたような目をしていて。
「……とにかく、今日は連れて行かないからな! 無理に来させるなよ!!」
一方的と思えるような勢いで、電話を切り上げる。
未だイライラは治まらなくて、手にしている携帯を投げ飛ばしたいほどの感覚。
なんとか落ち着こうとしていたのに……アニキは懲りずに、市ノ瀬の携帯に電話をかけ、会いに来いと誘っていて。
なんで……なんでそんな、自分勝手なんだよ――!
「市ノ瀬は体調が悪いんだ。ワガママなこと言って、困らせるな」
携帯を取り上げ、ガマン出来ずに、アニキに言い放つ。
イラだったせいか、抑えていた枷が外れてしまい……目の前にいる市ノ瀬を、抱きしめずにはいられなかった。
意外にも、振り払われることはなく。市ノ瀬は大人しく、そのままの状態でいてくれた。
ホントの彼女だったら。
アニキでなく、他の誰かの彼女だったら。
今すぐにでも……手に入れたい。
どうしようもないほどに、そんな思いが膨らむばかりで。
だれど――悲しませるわけにはいかない。
まだ残っていた理性が、そう呼びかけた。
市ノ瀬の気持ちは、アニキにある。
どうしてここまでされて好きなのか訊ねると、その答えは、オレの心を掻き乱す、一番の言葉となった。
……なんで、アニキが。
一番驚いたのは手紙。
内容は分からないが、間違いでなければ――それはオレが、当時の市ノ瀬を思い書いたものだと思う。
名前も知らない、ただ絵を描いている少女に心惹かれ、渡そうとしていた手紙。
タイミングが合わず、なかなか会うことも出来なかったから、いつしか手紙は、部屋に置きっぱなしになっていて。
そのことを知っているのは、福原と海さん以外では……アニキだけ。
アニキは手紙なんて書くタイプじゃないし、何より、絵のことなんてホントに興味がないっていうのに。
……まさか、オレのじゃない、よな?
イヤな考えが巡るが、そこまでする理由が見つからなくて。
だから――確かめないといけない。