Liberty〜天使の微笑み【完】

 ◇◆◇◆◇

 あれから数日、幸希さんに連絡をいれ、オレの自宅で会うことにしていた。
 呼び鈴が鳴り、中へと招き入れると、本題である話――アニキの話を、始めた。

 「アニキが市ノ瀬と仲良くった経緯、知りませんか?」

 「んー詳しくは聞いてねーけど、街で見かけて声かけたってさ」

 「ナンパ、みたいなやつですか?」

 「あぁ、そんなふうに言ってたな。可愛いから声かけたんだと」

 市ノ瀬の話と一致しない。
 絵を見て、それが話すきっかけだって聞いていたのに。

 「その……手紙を渡したとかって、聞いてませんか?」

 「手紙……? あ、朔が言ってるのか知らないけど、そんなこと言ってたな。――これなら、アイツを落とせるって」

 それだけ自信があったんだろうと、幸希さんは言う。
 手紙で落とせるって……それ、残ってないもんかなぁ。
 もしあるのなら、確かめてみないと。
 違うと信じたいが、不信な点が、それをなかなか信じさせてはもらえない。

 「ってか、オレからも聞きたいことあってさ……」

 神妙な面持ちで、幸希さんは訊ねる。何を言われるのかと思っていると。

 「紅葉ちゃん、ってさ……乱交とかする趣味、あるわけ?」

 唐突に、そんな言葉が耳に入った。

 「いや、別に本人に聞いたわけじゃないんだけど……純哉が、その」

 言いにくいことなのか、一度深呼吸をしてから、言葉を続ける。

 「やってる時の写真……見せられてさ。しかも、お前も混ざらないか? って言うし。――顔とか大事な部分は隠れてたけど、他のヤツにも見せてるんじゃないかと思って」

 予想していたよりも大きな話に、オレはすぐに言葉を発することが出来なかった。 
 最近、様子がおかしいのって……。
 イヤな考えが、頭を埋め尽くす。
 そーゆうことを強制されてるんじゃないかって、心配になってしょうがない。

 「アイツ、親友って言ってるオレにも本性見せないようなヤツだからなぁ。ヤキモチ焼くと思って、紅葉ちゃんに連絡するのも避けてたけど――ちょっと、探り入れてみるか」

 意外な提案に、オレは少し間を置いてから言葉を発した。

 「探りって……市ノ瀬に、ですか?」

 「どっちにも。オレの彼女、心理関係の学科選考してるからな。第三者に見てもらった方がいいだろう? それでもおかしかったら……」

 真剣な眼差しを向け、幸希さんは言葉を続ける。

 「朔は……紅葉ちゃんをどうしたい?」

 どうしたいって。
 そんなこと決まってる。酷いことをされてるなら――助けたい。

 「もし、酷いことをされてるなら、かくまう必要があるかもしれない。そこまで、朔は面倒見れるか?」

 今更そんなこと、聞かれるまでもない。
 オレは……ずっと、市ノ瀬に惚れているんだから。

 「見ますよ。他のヤツになんて、任せたくない」

 福原に頼めば安心だが、自分の手でなんとかしたいという気持ちの方が強くて。

 「オレもオレで、アニキに聞いてみます。ウソついて付き合ってるなら……その理由も知りたいし」

 「仮に嘘だったとしたら、なんとなく予想は付くけど」

 罰が悪そうに頭をかき、視線をどこかへと向ける。
 心当たりがあるのか訊ねたが、まだ確信は出来ないからという理由で、今は話してはもらえなかった。
 何にしろ、幸希さんが協力してくれるのはありがたいこと。オレもオレで調べることを決め、実家へと帰る日を増やし、アニキと早く会うようにした。

 ◇◆◇◆◇

 アニキと会えたのは、それから意外にも早く。あの日から二日後に、実家で会うことが出来た。

 「アニキ~ちょっといい?」

 部屋にいるアニキに、いつものように声をかける。
 少しすると、入れよという声が聞こえ、オレは部屋へと足を踏み入れた。

 「どうかしたのか?」

 「聞きたいことがあってさ。――市ノ瀬との馴れ初め、聞きたいなぁ~って思って」

 「馴れ初めって。別にふつうだぞ?」

 「それでもいいから。で、どんなだったの?」

 特に怪しむこともなく、アニキはベッドで横になりながら、その時のことを話してくれた。
 きっかけは、街で見かけたこと。
 それから何度か見かけることがあって、気になって声をかけたのが始まりで――市ノ瀬から聞いた、絵に関することは一度も出てこなかった。

 「へぇ~ナンパしたんだ。ってか、幸希さんがアニキはラブレター渡してたって言ってたけど……マジでそんなの渡したの?」

 おどけたように言い、確信をつくことを聞いた。
 どんな言葉が出てくるかと思い待っていると、アニキは特に変わった様子もなく、話を始める。

 「あぁーそんなのもあったな。ま、オレもそれだけマジだったってことかな」

 「ふ~ん。今でもかなり熱上げてんの?」

 「……ま、それなりにな」

 そう言うと、アニキは棚に手を伸ばし、本を一冊取る。そのまま読書を始めてしまい、話はこれ以上しないという雰囲気が感じられた。

 「他に……何かあるか?」

 「いや、それだけ。んじゃ、また聞かせてくれなぁ~」

 そう言って、部屋から出ようとした途端。

 「――朔夜」

 名前を呼び引き留めるアニキに視線を向けると、アニキもゆっくりと、オレに視線を合わせる。

 「お前も、そろそろ彼女作れば?――なんなら」

 ふっと怪しい笑みを見せると。

 「アイツのこと……抱いてみるか?」

 と、聞きたくない音声が耳に入った。

 「な、に……言ってんの? ってか、自分の彼女、他のヤツに抱かしちゃダメじゃん」

 いつものように振舞ったが、上手く笑えているか分からない。
 心が掻き乱され……今の言葉が間違いであってほしいと、何度も願った。

 「まー、抱かせるにはもったいないな。結構いい体してるし」



 もったいない……?



 いい体してる……?
 


 違う。
 そーゆうことじゃない。
 もったいないとか、いい体してるから抱かせないんじゃなく。



 ――根本的に、その考えが間違ってんだ。



 「……んなの、違うと思うけど」

 抑えようとしても、隠すことが出来ず。
 イラっとした声で、言葉を発してしまった。

 「朔夜がどう思おうと、関係ないだろう? 誰とやろうと、3Pだろうと――それ以上でも、同意があれば、な?」

 「っ……!」

 このまま話してたら、アニキを殴ってしまう。
 ぎゅっと力の入る手をなんとかおさめ、オレはそれから何も言わず、部屋を後にした。
 絶対……あんなの間違ってる!
 車へと乗り込み、シートをダンッ! と激しく両手で叩く。
 どうしようもないほどのイライラが、沸々と湧いてくる。

 「マジで、オレの手紙じゃねぇーだろうなぁ……」

 イヤな考えが、現実味を帯びてきた。
 幸希さんにした誘いを、まさか自分にもされるなんて。
 本気じゃないから、ただの遊びだから、そーやって言えるのか?
 それとも……アニキの性癖、なのか?
 人の性癖にとやかく言うつもりはないが、相手の同意もなしに、そんなことを周りに提案しているのだとしたら。



 「……一体、何がしたいんだよ」



 真意が分からず、頭の中は、そのことで埋め尽くされていった。
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