Liberty〜天使の微笑み【完】

 「アイツの言葉なんて聞くことねぇーからな!」

 「で、でも……ここのところ、ずっ」

 「返事は!?」

 「……わかっ、た」

 これ以上、機嫌が悪くなるのは……嫌だ。



 「お前が言うこと聞かないから、アイツがつけあがるんだからな!? いっちょ前に気なんて使うんじゃねぇーよ」



 今だけ。



 今だけ我慢すれば……。



 「ごめん、なさい。まだ、今日はいるね」

 「当たり前だ。――お前は最近、アイツと遊び過ぎだ」

 「アイツって……?!」

 目が合った瞬間、体は倒されてしまい。
 畳に体を押し付けられ、カレはどこか悲しいような、恨めしいような……そんな憂いを含んだ目で、私を見ていた。

 「朔夜と、いることが多いだろう? 俺よりも……アイツがいいのか?」

 一緒にはいるけど、それは、今に始まったものじゃあ。

 「違う、よ? だって……好きなのは、純さん、だから」

 橘くんは……違う。
 だって、好きだとしても、それは友達としてだし。
 


 ……たまに。



 ほんの一瞬だけ、あの時の人が、橘くんだったらって考えるけど。
 あれは純さんだったし、手紙に書いてあったのは、間違いなくあの時にいた人しか知らないことだから。



 ……そんなことを考えるなんて、贅沢だ。



 「みんな、アイツばかり見るんだよ。賢くて、気が使えるアイツを……」

 「純さんだって、似てっ」

 ぎゅっと、握る手に力が入る。
 私を見つめる目は、とても怖くて。
 まるで……蔑むような、視線を向けていた。

 「そう言って、周りは俺でなく、アイツを選ぶ。――ムカつくんだよ」

 「ぃっ、た!」

 思わず、痛みで声がもれる。
 カレが言いたいことが分からず、私は頭を悩ませながらも、言葉を発した。

 「私、は……純さん、だけ、だから。――あの絵を見てくれたのは、純さん、でしょ?」

 今、その話をする時だと思った。
 美緒とも話したけど、この話をして、カレがどういう行動に出るか、詳しく様子を見た方がいいと。



 ――しばらく、無言のカレ。



 何も言わず、ただ視線を交わらせるだけで。どれだけの間、そうしていたのか。ようやく、カレは口を開いた。



 「俺じゃなかったら……どうする?」



 発せられたのは、そんな言葉。
 えっ? なんて疑問に思っていると、カレは言葉を続ける。

 「実はあの時のは朔夜で、俺はただ、それを利用して近付いたんだとしたら……どうする?」

 ふふっと怪しい笑みを見せ、カレは言った。



 あの時の人が……橘くん?



 それだけでなく、利用したとか、予想もしなかった言葉に、私の頭は、なかなか追いついてはくれない。

 「……冗談、でしょう?」

 ようやく出た言葉もそれぐらいで、他にも色々言いたいのに、今はそれが精一杯だった。

 「冗談じゃなかったら? お前が欲しくて……アイツに取られたくないから、先に近付いたアイツのふりしてたって言っても――それでも、お前は俺を選ぶか?」

 冗談にしては、カレの言葉は真剣みを帯びていて。
 今の話が、本当なんじゃないかと、そんなことを思わせるほどの雰囲気。



 「わた、しは……純さんが……好き、だよ」



 ウソではない言葉。なのに心のどこかで、今の言葉を認めたくない自分がいるような……そんな、ちぐはぐな感情が、体を包んでいた。



 「今の言葉……忘れるなよ?」



 ニヤリと笑みを見せると、カレは貪るように、私の唇を奪う。ついばむように、何度も唇に吸い付き、それは次第に首、そして胸へと移動する。

 「んんっ!……だっ、め……だか、ら!」

 拒んでも、力でかなう訳もなく。
 胸に顔を埋め、カレの舌が、肌をゆっくりと這う。



 「お前は……俺だけ見てろ」



 そう言うと、カレはそれから何も言わず、一心不乱に、私を抱いた。声を出さぬように耐える私を楽しむように、その日の行為は、今まで一番、一方的なものだった。
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