Liberty〜天使の微笑み【完】

 「……なんか、悪い」

 「ち、違うよ! む、むしろ私が倒れて、布団と枕まで……!!」

 テンションが異常に上がってしまい、もうどうしていいのか分からず。自分でも何を言っているんだろうと思うけど、止められそうもなくて。
 ただでさえ……純さんの言葉が気になってるのに!
 本当にあの話が真実なら、私が本当に惹かれたのは。

 「と、とりあえず落ち着こう、な?」

 「わ、分かってる、けど……! 絵のこと、だって」

 「絵のこと……?」

 不思議そうに首を傾げる橘くん。
 無理もない、よね。
 橘くんは、知らないはずだし。
 でも、もし本当にあれが橘くんだったら。



 ――今、聞いてしまおう。



 ハッキリさせるには、それが一番いい。でないと、胸のモヤモヤが消えることなんて、ないと思う。



 「わ、私も一つ……聞いても、いい?」



 今なら、勢いでなんとかなる。
 お酒も入ってるし、今なら絶対、言えるはずだ。

 「月の雫、って聞いて……何か、思い当たらない?」

 「――――!」

 絵の名前を口にした途端、橘くんの表情が消えた。明らかに顔色を変えるのを見て、そう思わずにはいられなかった。

 「知ってる、の……?」

 訊ねると、橘くんはようやく、その口を開いた。



 「そんなの……当たり前」



 言い終わると同時に、体が前へと引き寄せられ。



 「知ってるに……決まってる」



 ぎゅっと腕に力を込められ、ようやく、抱きしめられていると分かった。

 「最初、駅に飾ってあっただろう? その後、街の展示会でも、同じ名前の作品があった」

 駅にあったことまで……やっぱり、あの時に会ったのって。

 「駅で……会った、よね?」

 その疑問に、ふっと笑いをこぼしながら、どこか満足そうに橘くんは言葉を発する。

 「会ってるよ。ってか、市ノ瀬は覚えてないと思ってたのに」

 意外だと、橘くんは言った。
 それを知ってるなら、やっぱり、あの絵を先に見たのは。



 「ホント……アニキのってのが悔しい」



 ははっと、苦笑いのような声がもれる。
 私が、純さんの彼女じゃなかったら……どうするの、かな。
 分かっているのに、それを口にするのは苦しくて。
 言葉に出してしまえば、何かが崩れてしまう。今のままでいられなくなるのが、とても怖く思えた。
 ドキッ、ドキッと、大きく脈打つ心臓が、やけにうるさい。
 静かに……して、よ。
 落ち着きたいのに、気持ちは高ぶっていくばかりで。
 今のこの状態は、恥ずかしいけど……心地いい。
 落ち着くのに、落ち着かないという妙な感覚が、体を包んでいた。

 「これ以上は……まだ先だな」

 「な、なんの、こと?」

 「まーそれは、色々と解決してからな。今は――」

 ぎゅっと、腕に力が込められる。
 力強いのに、痛みはなくて。ふんわり包まれるような、そんな感覚。



 「もう少し……このまま」



 いさせてくれと、そっと耳元で囁かれた言葉に、顔だけなく、体までもが次第に熱を帯びていく。
 前の時も思ったけど、橘くんにこうされるのは……正直うれしい。
 でも、そんなことを思うなんて、彼氏がいるのに不謹慎なこと。
 分かっているのに――それなのに、私は。



 「……いい、よ」



 ぎゅっと、橘くんの服を掴み、言葉を発した。
 こうしていたいと、心から願っていたから。



 今の言葉は……すごく残酷だ。



 彼氏がいるのに、甘えるなんて。
 きっと、橘くんを傷付けてしまった。こんなこと、許されるはずないのに。
 泣き出してしまいそうな気持ちを、内へと押し込め。



 今はただ、この心地よい感覚を。



 感じることを……許して下さい。


< 35 / 86 >

この作品をシェア

pagetop