Liberty〜天使の微笑み【完】

―朔夜side―


 幸希さんが探りを入れると言ってから、数日が経った日。その結果を報告するからという電話を受け、オレは自宅で、幸希さんが来るのを、今か今かと待ちわびていた。
 チャイムの音が鳴り、ドアを開けると、幸希さんだけでなく、そこには意外な人物の姿があった。

 「初めまして。幸希の彼女の、鈴木愛美です」

 「悪いな、どうしても来たいって聞かなくて」

 「いや、いいですよ。むしろ、手間とらせてすみません」

 リビングへととおし、二人の前に飲み物を出すと、鈴木さんの方から、話が始まった。

 「まず、結論から言うと――紅葉ちゃん、典型的なデートDVね」

 分かってはいたが、それを第三者にも言われると、心苦しい。何より、その原因が自分の身内なんだから。

 「手を擦り合わせる仕草が多いし、何より、左頬が痙攣してる。まぁ、本人が気付かない程度の軽いものだけど、かなりストレスが溜まってる証拠ね。――それとこれ、一応仕掛けてみたの」

 すっと、テーブルに何かを出す鈴木さん。何をするのかと見ていると、静かにしてねと言って、スイッチを入れた。
 ジーッという機械音がしばらく続くと、会話が聞こえてきた。

 『……いいとしても。二人で――出かけたら、迷惑かけるから行くな』

 それは、アニキの声。
 耳を傾けると、続けて聞こえたのは市ノ瀬の声だった。

 『誘われてるのに、それはちょっと』

 戸惑う声が聞こえたかと思うと、次に聞こえたのは、イライラとしたアニキの声。

 『んなもん、いくら……理由つけれるだろう』

 『で、でも……一緒に、遊んでみたい、し』

 『だから、迷惑、なる……やめろって言ってんだよ。――……言うこと、聞けないわけ?』

 時折、音が擦れるものの、それでも何を話しているのかは分かる。
 しばらくの間が続いた後、再び、アニキが言葉を発した。

 『……で、返事は?』

 『…………』

 『返事!』

 『っ……! わかっ、た』

 会話は、明らかに威圧的な態度だというのが伝わる。
 それはまるで、自分の父親を連想させる物言いに、オレはしばらく、言葉が出てこなかった。

 「とまぁ……こんな感じ。ここまでバッチリ入ってるなんて、驚きだったわ」

 「そんなの仕込んでたのかよ……」

 「だって、言ったら幸希、顔に出るでしょ? まずは味方から騙さないと」

 まさかここまでしてくれるとは思ってなかったから、オレはもう、鈴木さんに頭が上がらなかった。
 すると鈴木さんは、何かあったら使えばいいと、オレにそれを手渡す。

 「まー、何かあってほしくないんですけどね」

 「それが一番だけど、なかなか上手くいかないのが世の常だから」

 今のままなら、きっと、そーゆう事態があるのは否めない。
 ムリにでも離したいけど……そこはやっぱり、市ノ瀬がどう思っているかだろうし。

 「純哉は……別に紅葉ちゃんが嫌いじゃないんだろうけどさ」

 「むしろ、依存してるわよね。でも、思い通りにならないと、それが許せない」

 「だろうな。……朔、オレが前に言おうとしてたことだが」

 覚えてるか? と、幸希さんは聞く。
 前にって、ウソを付く心当たり、だっけ。
 訊ねると、幸希さんは頷く。確信がついたらしく、幸希さん話すことに、神経を傾けた。



 「アイツは……お前が憎いから、紅葉ちゃんと付き合ってる」



 オレが……憎い、から?
 一瞬にして、頭の中が真っ白になる。
 オレのせいで、傷付いてる……?

 「昔からだが、お前だけ何もされないのが、堪らなく嫌だったらしい。高校になった頃には、そんなことも言わず、むしろ弟思いだったが……今じゃあ、紅葉ちゃんが朔と一緒にいるだけで、ムカつくらしい」

 「そん、なの……。オレのことはいいとしても、なんで、関係ない市ノ瀬に」

 もしかして……オレが、話したから?
 アニキとようやく仲良くなれたと思って、何でも話していたのが悪かったのか?



 「――簡単に言えば、羨ましいのよ」



 続きを言えない幸希さんに代わって、鈴木さんが話し始める。

 「自分の方が苦労してるのに、何もされてない弟が先に幸せになるなんて、堪らなく憎い。最初はどうだか知らないけど、今は紅葉ちゃんのことは好きで、それを崩そうとする全てを遠ざけたい。――だから余計、束縛するんでしょうね」

 ため息をはいて、呆れたように言う。
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