Liberty〜天使の微笑み【完】
第7話 溢れる思い
次の日、私は朝一番に、職員室へと向った。昨日話をしてくれた先生の元へと行き、出来た絵を見せてみた。
「一応……描いてみたんですけど」
緊張していると、先生からは、意外にも高評価の言葉が出てきた。
「前に出したのより……今の方がいいな。気持ちが入ってる」
「そ、そうです、か?」
「あぁ。何かいいことでもあったのか?」
どうなんだ? と、からかうように聞いてくる先生に、何でもないですからと言って、この絵をどうするかと聞いた。
「いいと思うぞ。今日中に飾っておいてくれ」
今日中にと言われたけど、私はその足で、展示室へと向った。額縁に入れ、棚に小さなイーゼルを立てかけて飾った。
「ちょっと、小さかったかな」
B5ほどの大きさに描いたので、他の作品に比べると、小さく見える。
名前は、後からでいいよね。
作者の名前は後にし、教室へ行こうと、二号館へ向っている途中……ふと、誰かに見られている気がして。
「――――!?」
体が、硬直した。
道の先にいるのは、闇そのものだったから。
「クレハ~! もう、電話に出ないから、心配したじゃない」
電話って……。
カバンから携帯を取り出し見ると、確かに昨日、母から電話がかかっていた。
「……何の、用事?」
「ママね、クレハが最近ムリしてるんじゃないかってシンパイで……おじいちゃんやおばあちゃんに聞いたら、カレシがいるんでしょ? そのせいか、帰りがオソイって」
別に、そんな心配いらないのに。
もし、母にカレとの関係を知られれば、相手をきっと傷付ける。母はそれだけ、何をしてくるか分からない性格だから。
「別に……大丈夫、だから」
「ママには隠せないのよ?――だから言ったのよ。日本人なんて、クレハには合わないって」
途端、真剣みを帯びる口調に、私は身構える。
何が、言いたいの……?
まさか、カレにまで口出しするんじゃあ。
不安が募り、息苦しい感覚になっていると、母は楽しげに声を出す。
「クレハには、ママの国の人が合うのよ」
それ、って……。
母が何を言おうとしているのか、すぐに頭を過った。
まさか……私にも、薦める、つもり?
母は、自分の国の人と日本人の結婚を仲人したりする。そのほとんどが、娘をなんとかいいところへと継がせようとする母の国の、親が決めた結婚なのだけど。
私にも、それをしろ……と?
嫌な感覚が、体を浸食する。
気持ち悪さが込み上げ、言葉を発することが出来なくなる。
「今度、連れくるからね。それじゃあ、また来るわ」
ぎゅっと私に抱きつくと、母は満足そうに、学校をあとにした。
体は、まだ思うように動いてくれなくて。倒れることはなかったけど、そこから動くだけでも、すごく体力を使う。
今が……早朝でよかった。
他の生徒はまだまばらなこともあり、私は木陰に幾つかあるベンチの一つに腰掛け、横になっていた。
「なんで……急に」
今更のように震えだして、もう、授業を受けるような気分ではなくなっていた。
こ、わい……。
何かをしてないと、不安に飲み込まれてしまいそうで。深いため息をはき、目を閉じていた。
「――体、悪いの?」
すっと、背中に手が添えれる。
ゆっくりと目を開けると……目の前に、しゃがんで様子を窺う橘くんがいた。姿を目にした途端、抱きしめられた時のような、安心感が湧いて。
「えっ……泣いてる!? またアニキに酷いこと言われた?」
自然と、目から涙が溢れ出ていた。
真横に座り、背中を擦りながら様子を窺う。
なんで……橘くんが。
体を起こし、心配させないようにと、なんとか笑みを見せた。
今は、すごく弱ってる。だから、私はきっと、今まで以上に甘えてしまう。それが目に見えているから、心を強く保とうとした。