Liberty〜天使の微笑み【完】

 「だい、じょうぶ……すぐに、よくなるから」

 俯いたまま、言葉を発した。
 顔を見てしまえば、もっと泣いてしまうような気がして。そんな姿を見せたら、困らせてしまうと思った。



 「――頼りない、か?」



 なんとも弱々しい音声が、耳に入った。
 えっ? と思い顔を上げると、悲しそうな表情を浮かべた橘くんと、視線が交わる。

 「オレだと……力になれない?」

 「ち、違う……! だって、ただでさえ……迷惑、かけてるから」

 それに、今以上にいる時間が増えたら……純さんが、橘くんに何かするのは嫌だ。
 言葉に詰まっていると、そっと、頬に手を添えられる。
 ドキッと、大きく心臓が高鳴り。
 目を合わせると、余計に、鼓動は速さを増していった。

 「迷惑だなんて、思ってない。――オレは、市ノ瀬の味方だから」

 やわらかな声と笑みに、心につかえていたものが、消えていくようで。

 「ご、めん……」

 目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
 それを橘くんは、手でそっと拭ってくれた。

 「これじゃあ、今日授業ムリだな。――行くか」

 訳が分からないまま、橘くんは私の手を取り立ち上がる。つられて立ち上がると、途端、体がふわっと軽くなった。



 「んじゃ、遊びに行きますか!」



 さっと私を抱えると、満面の笑みを見せ、楽しげに言った。

 「えっ、あ、あのっ」

 頭が回らなくて、なんて言えばいいのかと思っていると、途中で登校中の人に、じろじろと見られてしまって。

 「さく~、駆け落ちかぁ?」

 「あぁ、そんなもんだ!」

 そんなふうにからかう人までいて、しかも、なんだか橘くんはノリノリで。
 だけど私は、すごく恥ずかしくてしょうがなかった。

 「お、下ろし、て……!」

 「それは聞けないなぁ~」

 いつもと違う橘くんに、変に胸がドキドキして。
 ズル休みなんて、したことなかったのに。――このまま、二人で出かけるのも、悪くない気がする。



 「ちょっ! さ、さくちゃん、何してんの!?」



 その声に、橘くんは立ち止まる。すると、驚いた表情の美緒が、私たちに駆け寄って来た。

 「何その状況! ってか、今からどこ行くの?」

 「悪いけど、今日は市ノ瀬休むから。よろしく」

 「えっ、別にいいけど……って、説明になってなーい!!」

 後ろで叫ぶ美緒に悪い! と、楽しげに言いながら、橘くんは再び走り始める。どこに連れて行かれるのかと思えば、着いたのは駐車場。そこでようやく下ろされ、初めて乗せてくれた時と同じように、橘くんは助手席のドアを開ける。

 「ほら、出かけるよ」

 出かけるよって……本当、今日は強引だなぁ。

 「ズル休みなんて……一回、だけだよ?」

 そうは言ったものの、嫌な気はなく。むしろ、楽しみにしている方が強かった。どこに行くのだろうと、うきうきしているぐらい。

 「市ノ瀬、海とか見るの好き?」

 「えっ? う、うん。好きだけど……」

 そう答えると、よかったと笑みを見せる橘くん。近くの海でも見に行くのかと思えば、行き先は、海沿いに立つ大きな施設――水族館だった。



 や、やばい……テンション上がる!



 実は、生まれて初めての水族館。今までデートで来たことはおろか、家族とだって来たことがない私には、楽しみで仕方がない。

 「定番かもしれないけど、いい?」

 「す、すごくうれしい……私、初めてなの!」

 先程まであった涙は、今はもうなく。
 自分から橘くんの手を握り、早く行こうと急かすほど、気分は高まっていた。

 「そんな焦らなくても。ゆっくり回ろう、な?」

 「あ、そう、だよね。――ごめんなさい。勝手に盛り上がって」

 恥ずかしくなり、慌てて握っていた手を離す。
 な、なんか、当たり前のように、握っちゃった……。
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