Liberty〜天使の微笑み【完】



 「は~い。ではここで、前の席の人は注意して下さいねぇ~!」



 それを聞いて、いよいよ水がかかるんだなと思い、自然と身が引き締まる。プールを何週かすると、イルカたちは決められた場所で思い切り跳ね、会場にいる人に水しぶきがかかる。次は自分たちのところだと思って時には、バシャーン! と、勢いよく水しぶきがかけられた。

 「うわぁ~思ったよりかかったなぁ」

 「ふふっ、本当だね」

 橘くんはフードを被っていなかったようで、頭は見事にずぶ濡れ状態。髪をかき上げながら、被ってればよかったぁ……と、少し後悔していた。

 「よかったら、これでも使って」

 カバンからハンドタオルを取り出し差し出すと、申し訳なさそうに、橘くんはそれを受け取った。
 その後、イルカだけでなくアシカのショーもあり、楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

 「すっごく面白かった!」

 「だな。まー頭は濡れたけど」

 「タオル、買って帰る?」

 「いや、すぐに乾くからいいって」

 会場から出ようとイルカたちの水槽を横切っていると、ふと、奥に他とは違う雰囲気がして。私はその場で、足を止めていた。

 「……気になる?」

 「うん。見てもいい、かな?」

 頷くのを見て、私はその水槽に近付く。見ると、そこにはシャチが一頭だけで入れられていた。

 「ケガ……してる?」

 よく見ると、背ビレの部分にキズがあり、体にも所々、キズが見えていた。



 「この子、まだ他の子たちとはいられないのよ」



 スタッフの女性が、そう語りかけてきた。

 「どうして、こんなにケガをしてるんですか?」

 「この子、網に引っかかってたの。だいぶ回復したから、最近ここに移ってきたんだけどね。――ふふっ。あなた、この子に好かれてるわね」

 えっ? と思い水槽に目を向けると、私の目の前に、シャチが顔をこすり付けていた。

 「へぇ~。ホント、市ノ瀬のこと好きっぽいな?」

 キキッという声を出し、シャチはクルクルと水槽を回る。また目の前で止まると、じーっと、まるで私の目を見つめるかのように視線を向けていた。
 なんだか、本当に好かれてるみたいな気になっちゃう。
 まじまじと見たことがなかったけど、目は意外にもくりっとしていて、とても可愛らしい顔をしていた。



 この子……いい顔してる。



 そう思ったら、なんだか胸の底から、湧き上がるものを感じた。
 今まで、生き物を描いてこなかったけど……描きたい、な。

 「よかったら、また見に来て下さいね」

 「あ、はい! また、この子に会いに来ます」

 軽く会釈をすると、女性は立ち去って行った。

 「なんか……いい顔してる」

 真横でそんな声が聞こえ、視線を向けて見ると――やわらかな笑みで私を見る、橘くんと視線がぶつかる。

 「えっと……この子のこと?」

 「いや、市ノ瀬の顔がね。絵、描けそうなんじゃないかなぁ~って。――ずっと、思うようにいかなかっただろう?」

 よく、見てるんだ。
 なんだか恥ずかしくて、私は俯いたまま、顔を赤らめていた。
 そういえば、雪柳を描けたのも、今描いてみようと思ったのも――橘くんと、過ごした後からだ。
 


 もしかしたら、また描けるんじゃないか。
 もっと大きな絵を描けるんじゃないかって、そんな気がしてくる。



 「うん……なんだか、描けそうな気がする。昨日も、小さいのを一枚、描いてみたんだけどね」

 「お、描けたんだ。どんなの描いたの?」

 「雪柳っていう花。今朝、学校に展示してきたから」

 「じゃあ明日、見るの楽しみにしてる。――そろそろ行こうか」

 すっと手を握り、橘くんは笑顔を見せる。
 それに頷くと、残りの場所を見て周り、全部見終わった時には、夕方になっていた。
 もう……帰るの、かな。
 まだ時間はあるのに、このまま帰ってしまうのが、なんだか淋しい気がして。そう思ったら、手に自然と、力が入ってしまった。



 「――明日、さ」



 外へ出ると、橘くんは歩きながら話を始める。

 「聞いてほしいこと、あるから」

 「明日でないと……ダメ、なの?」

 「ダメってことないけど……ま、覚悟みたいなものだから」

 覚悟って……一体、何を言うつもりなんだろう?
 もしかして、危ないことではないかと心配が過り、表情が少し曇ってしまう。

 「あ、危ないことじゃあ、ないよね?」

 「それはないから。まー明日のお楽しみってことで、ね?」

 ははっと笑いながら、橘くんは大げさに腕を振る。

 「わっ! ちょ、ちょっと!」

 「なーんか、このまま帰るのもったいないよなぁ~」

 あ……同じ気持ちで、いてくれたんだ。
 うれしくて、私はまた顔が赤くなるのが分かった。
< 43 / 86 >

この作品をシェア

pagetop