Liberty〜天使の微笑み【完】
第8話 身勝手な思い
楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうもので。
空が暮れ始めた頃、ステージの方で準備しているのか、何だか慌しくなってきた。
「そろそろ、始まるの、かな? 作品って、何かのロゴデザインとか?」
「いや、今回は違うのにしたんだ。ほら、オレ総合だから、一通りのことは習うだろう?」
確か、デザイン科は二年まで色々と学んで、三年から個別の分野に分かれるんだっけ。
頷くと、橘くんは話を続けていく。
「今回は……服を、作ってさ」
少し顔を赤らめながら、ぽつりそんな言葉を口にした。
「服って、どんなの? 男物の洋服?」
「まー……それもショーが始まるまでのお楽しみ、ってことで」
もう少し待ってねと言い、ステージを目指し歩いて行く。
ショーまでは、あと一時間ちょっと。その時を待ち遠しく思っていると、突然ガシッと肩を掴まれた。
「よ、よかった……!」
そこには、息を切らせた様子の美緒がいた。
し、しまった……売り子の約束、すっかり忘れてた!
行かなくてごめんと謝ると、そんなことはどうでもいいと、美緒は急いで来るようにと言う。それに従うと、連れて行かれたのはデザイン科のある棟。足早に教室へ入ると、そこには、険しい表情をした人たちがいた。
「さくちゃん、連れて来ました!」
「あぁ、悪いな福原。――橘」
真剣な様子で、先生は橘くんに近付き、続きの言葉を発する。
「お前の作品だが……すまない」
頭を下げる先生を見て、嫌な予感が頭を過る。
周りの雰囲気でも、これから言われるのは、きっとよくないことだ。
「誰かに……壊された」
その言葉に、私だけでなく、橘くんもすぐに、言葉を発することが出来なかった。
教室の奥に進むと、そこには無残にも切り裂かれた、真っ白いドレス。胸元とスカートの部分が、大きく切られている。
「…………」
ドレスを見つめ、未だ一言も言葉を口にしない橘くん。
同じ作品を作る者なら、それが故意に壊されてしまったことが、どれだけ辛いものか。
まるで自分の作品が傷付けられたように、私は胸が締め付けられる思いだった。
「――順番、変えれますか?」
沈黙の中、ようやく発したのは、そんな言葉。
それに先生は少し間を置いてから、出来ると頷く。
「だったら、最後にしてもらえませんか? 少しでも、時間が欲しいので……」
申し訳なさそうに言う橘くんに、先生は快くそれを了承した。
もしかして……今から、直すつもり?
ショーが始まるまで、既に一時間を切っていて。最後になったとしても、三十分時間が延びるかというぐらいだった。
「今から直しますから、先生は順番の方をお願いします。――市ノ瀬」
不意に声をかけられ、私は不安な表情のまま、視線を交わらせる。
「もっと、いいの作るから……待っててくれな」
ニカッと笑みを見せ、いつものように、橘くんは振舞う。
それに周りは、どこか安堵の表情に戻っていったけど……。
我慢……してる。
手に力を込めていたり、どことなく表情が違うというのが、雰囲気で感じられた。
「……橘くん」
励ましとか、そんな言葉を言いたいわけじゃない。
ただ、橘くんの言葉に答えたいのに、それ以上言葉が出てこなくて――頷くことで、待っていると返事をするしか出来なかった。
「一番前で見てくれよ?」
そう言うと、橘くんはドレスを抱え、奥の部屋へとこもって行った。
きっと……間に合う、よね。
握った手に力を込め、どうか、この頑張りが報われますようにと、神様にも祈る思いだった。