Liberty〜天使の微笑み【完】



 気持ち、悪い……!



 いや、だ……嫌だ、嫌だ!



 体だけでなく、心も何もかも、カレを拒絶する。
 一緒にいることも、同じ空気を吸うことすら、拷問のように思える時間。



 「――まだ、戻らないのか?」



 ようやく唇を離したかと思えば、そんなことを言うカレ。
 叩かれて、こうやって無理やりされて……どうやっても戻ることなんてないと分かりきっているだろうに。



 「……ら、ない」



 数日前までの私なら、カレに従っていた。
 けれど、もうそんなことはしない。したくない。――そんな考えは、微塵もないんだから。



 「……もど、らない。――もう、従わない!」



 睨み付け、叫ぶように発した言葉。
 意外だったのか、一瞬、カレが怯む様子を見せた。それを察し、カレの側から離れる。まともに立つことは出来ないながらも、階段の手すりを握り、必死で体を動かす。



 「……もう、いい」



 低く、暗い声が響いた途端。



 「俺の前から……消えろよ」



 背中に衝撃があったかと思えば、体は浮遊感に包まれ。
 カレと視線がぶつかった時、景色が逆さまに見えるのが分かって。―――その時ようやく、自分は浮いているのだと実感した。
 まるでスローモーションのように、一つ一つのことが、とても長く感じられ。



 次に痛みがきたのは、右肩。



 そこからまた一回転し、左肩を中心に痛みが走る。何度も繰り返しくる痛みに、階段を転げ落ちているのだと、考える余裕があるぐらい、不思議な感覚。
 目の前は真っ白で……もう、どうなっているのか分からない。



 「――市ノ瀬!!」



 そう呼ぶ声が聞こえた時には、体は停止していて。



 心配そうな表情の、橘くんの顔が見えた。



 ……よか、った。



 顔を見た途端、緊張が解けていく。
 もう、何も感じないフリをしなくていい。そう思ったら、頬に、温かいものが伝っていた。



 ――その後、私は救急車に乗せられ、病院へと運ばれた。



 着くなり、診察台へと乗せられ、先生に色々なことを聞かれる。
 自分の名前や、学校の名前。
 ふだんなら答えられるようなことなのに、ケガをしているせいか、たどたどしい言葉でしか答えられなくて。



 「市ノ瀬さん? 市ノ瀬さん?!――」



 目を開けるのが……辛い。



 何もかも放り出してしまいたい感覚になり……私は、意識をそこで、手放した。
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