Liberty〜天使の微笑み【完】
「――これか」
他の物と違い、ひっそりと飾られているそれには、名前は書いていない。でも、それが市ノ瀬の物だというのは、作品を聞いていなくても、絵の雰囲気で感じられる。
前より……描けるようになってる。
自分のことのようにうれしくて、口元を緩めながら、手紙を添え持ち場へと戻った。
模擬店に着くと、オレは客引きを任され、看板を持ってグラウンドだけでなく、教室内も回ることに。途中、噂を聞きつけた友達から質問攻めにされたが、関係ないからと言い、店へと逃げ戻っていた。
すると、店先に市ノ瀬の姿を発見し、一気に心臓が跳ね上がるのが分かる。
……ヤバいよなぁ。
今日告げようと決めているせいか、いつも以上に緊張してしまう。行くのを戸惑っていると、市ノ瀬をクラスのヤツに口説かれるという事態になり、オレは急いで店先に行った。
からかうように、オレにもチャンスがなんて言う友達に、いつもなら笑って流せそうなことも、市ノ瀬が絡むと、やっぱり冷静でいられなくなる。
「――誰がやるか!」
手出しされないよう牽制し、市ノ瀬の肩を抱き寄せる。これぐらいしとかないと、ホントに口説かれでもしたら堪らない。
グラウンドから離れ、手ごろな休憩場所に行き話をしていると、市ノ瀬から手紙の話をされた。市ノ瀬が持っていたのは、やっぱりオレが書いたもので……時間が経ってしまったけど、こうやってホントのことが分かってよかったと、心底思った。
それだけでも充分だと思っていたのに、驚く言葉が耳に入る。
「えっと……実は、ね。――純さんと、別れたの」
一瞬、頭の中が真っ白になって。
自分が今何を聞いているのか、分からないほど。ようやくそれが理解出来た途端、一番の問題が片付いたんだと思ったら――もう、遠慮なんてする必要はない。
自然と体は動いて、市ノ瀬を引き寄せる。
……誰にも、渡したくない。
「これで心置きなく……市ノ瀬を口説ける」
「く、くどっ!?」
慌てた様子が愛しく思えて。
ショーが始まるまでの時間も、一緒に過ごしたい。そう思ったら、周りが見ていようが関係なく、オレはまるで、キスをするかのような体勢で、市ノ瀬にこの後の時間をもらうことを申し出た。
互いの額をくっつけ、間近で聞くオレに、市ノ瀬は更に顔を赤らめていく。
その姿がカワイイのはもちろん、なんだか、ちょっとからかいたくもなるような、そんな気分になってくる。
返事がOKだと聞くと、もう有頂天になっていて。
「――ムカつくんだよ」
近くに、幸せを壊す足音が近付いているなんて、気付きもせずに。
ただ、目の前の幸せを実感することしか出来なかった。
◇◆◇◆◇
ショーが始まる時間まで、市ノ瀬との楽しいひと時を過ごしていると、血相を変えた福原が、オレたちを呼びに来た。それだけでもう、何か悪いことなんだと予感がして……。
「…………」
福原に連れられ教室へ行けば、オレの作品だけが、無残にも切り裂かれていた。
こんな状態……見られたくなかったなぁ。
市ノ瀬には、完璧な状態を見せてあげたかったのに。
時計を見れば、始まるまで一時間を切っている。順番を最後にしてもらえば、なんとかなるかもしれない。
先生に頼むと、入れ替えを承諾してくれ、オレは服を直しにかかる前に、市ノ瀬に言葉をかけた。
「一番前で見てくれよ?」
それを最後に、オレは奥の部屋へとこもり、作品を直すことを始めた。
途中、手伝いを申し出てくれた友達もいたけど、これだけは、どうしても他人に手伝ってほしくない。
一人黙々と作業を進め、繋ぎ合わせる布を切る。
幸いなことに、切られたのは大きく、胸元とスカートの二ヶ所のみ。細かな部分は無事だから、そこはそのままにし、青い布を足していく。
真っ白な布があればと思ったが、今はここにない。その中で青を選んだのは……この色を、市ノ瀬が好んで使っているから。
初めて見た絵も、青を基調として。
静かで、それでいて儚いような……澄んだこの色が、オレも好きだから。
使うならこれしかないと思い、胸元をV字に切り、青い布を足す。スカートの部分も少し布を切り、青の布を縫い合わせる。
「あとは……これだけか」
裾を長くし、マーメイドドレスの特徴である尾びれを表現し、切り取った白と青い布で、細かな色合いをつけていく。