Liberty〜天使の微笑み【完】

 「お、おい、何があったんだよ!」

 「紅葉が叫んでたの。助けてって! たぶん……側に、さくちゃんのお兄さんがいる」

 その言葉を聞いた途端、血の気が一気に引く。
 近くにアニキがいるとなれば、何も起きないわけなはない。ましてや、助けてと叫んでいたならな尚更……ケガをしているのが、容易に想像出来る。
 市ノ瀬がいるであろう棟に向かい、三階へ駆け上がろうとした途端――大きな何かが、落ちる音が響いた。



 「――市ノ瀬!!」



 階段の下には、仰向けに倒れる市ノ瀬がいて。
 抱えると、安心したのか、ふっと力を抜いていくのが分かった。

 「っ!……なんで」

 階段の上にいる人物……兄である人物を睨み付け、言葉を発する。けれど、相手は何も言わず、どこかつまらなそうな表情を浮かべていた。



 「何か……言えよ! オレが憎いなら、オレに直接っ!」



 「そんなんじゃ……つまらねーんだよ」



 本人をやるより、大事なものを狙った方がいいと言い放つアニキに、オレは憎悪を抱いた。ここまで人を憎いと……殺したいと思ったのは、初めてかもしれない。



 「悪い、朔夜。――やっぱ、守れないわ」



 ぽつり、そう呟く声が聞こえたと思った次の瞬間。

 「っ……!」

 「お前は兄としてだけじゃねぇ。人としても、サイテーな野郎だよ」

 素早く階段を駆け上がった海さんが、アニキの腹部に、重い一撃を打ち込んでいた。
 うな垂れるように倒れたアニキを受け止めると、海さんは肩に担ぎ、アニキを連れていく。

 「さく、早く運べ。今美緒が電話してる」

 声をかけられ、ようやくオレは行動することが出来た。
 何度呼びかけても、目を開けない市ノ瀬。不安だけが増していき、嫌な考えが体を侵食していく。
 救急車が来るなり、オレも一緒に乗り込み、病院へと向った。
 頼むから……どうか、無事でいてくれ!
 隊員の呼びかけに、一瞬言葉を交わしたように思えたが、またすぐに意識を失ってしまって。病院に到着するなり、オレは待合室で、事が終わるのを今か今かと待った。
 一秒がとても長く感じられ、座っていても落ち着かず、廊下を行ったり来たりして、気を紛らわそうと必死だった。



 「――紅葉どうなった?!」



 自分の車で来た二人が、病院へと到着する。
 ただ首を横に振り、まだだと答えるのが精一杯で。――しばらく待っていたが、まだ時間がかかるからと看護師さんに言われてしまう。
 意識が戻らないから、一通りの検査をやっているらしい。
 頼むよ……神様がいるなら、どうか市ノ瀬を!
 椅子に座り、顔の前で手を強く握る。
 それぐらいしか出来ないことが歯がゆくて……この時ほど、悔しい気分を味わったことがない。



 「――目を開けましたよ」



 声をかけられ、オレたちは一斉に、声を発した人物を見る。
 落ち着いた様子で話す先生を見て、無事だったんだと、ほっとする自分がいた。

 「ご家族の方にお話をしたいのですが……まだ、来てないようですね」

 頷くと、先生はオレたちに、真剣な眼差しを向ける。
 イヤな予感がして、息が詰まりそうな感覚だ。

 「では、まずは貴方たちに注意をしておきたいことがあります」

 何を言われるのかと緊張し、イヤな汗が出てくる。



 「一時的と思われますが、少し、記憶の混乱があります。そして……今は、声を出すことが出来ません」



 考えなかったわけじゃない。
 けれど、それはとても考えたくないことで。



 もしかしたら……忘れてるかも、しれない。



 そんな考えで、押しつぶされてしまいそうな心。
 触れれば壊れてしまいそうなほど、今の自分はとても脆い。
 すぐにでも会いに行きたいのに……言われた事実が、あまりに衝撃的過ぎて。
 心とは裏腹に、体は、すぐに反応を示してくれなかった。
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