Liberty〜天使の微笑み【完】
「――紅葉?」
控えめなノックと共に聞こえる声。
どうぞと口を開いてみるものの、やっぱり声は出てくれなくれなくて。
「よかった……目、覚めたんだね」
隣に座ると、美緒は少し安心したような表情を浮かべる。
色々、話したいのに……。
どうして自分がここにいるのか聞きたいのに、手も思うように動いてくれないから、文字を書いて伝えることも出来ない。
「先生から聞いたんだけど……何があったか、覚えてないんだよね?」
頷く私に、美緒はそっか……と、短い言葉を発する。
「余計なこと言って、間違った記憶を植え付けないようにって言われてるから……聞きたいだろうけど、もう少し、待ってて」
そっと、私の右手を両手で握り、やわらかな笑みを見せる。
……やっぱり、やさしいなぁ。
なんとかその言葉に答えようと、ありがとうと言えない代わりに、私は笑顔を向けた。
「――首なんて傾げて、どうしたの?」
不思議そうに、私を見る美緒。
どうしたのって、ただ、笑っただけなのに。
首を横に振り、もう一度、笑顔を見せた……見せた、はずなのに。
「どっか……痛いの? ナースコール押すよ?」
そう言って、美緒はボタンを押した。
違う……どこも、痛くなんてないのに。
確かに体は痛いけど、今は本当に、そういうのじゃなくて。
やって来た先生が、美緒と入れ替わるように隣に座る。美緒は一旦部屋から出て、それを見計らって、先生は話を始めた。
「筋肉が、思うように動かせないですね。ここは、動かせますか?」
言われるがまま、私は手・足と、ゆっくりと動かしていき――最後に、顔を動かすようにと言われ、口元を緩めてみたのだけど。
「――やはり、難しいですか」
そう言うと、先生は真剣な表情になり、私の目を見据えた。何を言われるのかと緊張していると。
「――どうやら、表情を作れないようですね」
耳に入ったのは、そんな言葉。
言われていることがすぐに理解出来ず、ただ、驚くばかりで。
ガラス越しに映る自分を見れば、冷たい表情の自分と、視線が交わる。
これが……私?
目の前に見えるのは、無表情な自分。
まるで人形のような姿に驚くも、それが表情に出ることはなくて。
そっと頬に触れながら、心の中で、私は酷く落胆したいた。
あっ……これなら、ちょっと。
どうやら、眉をひそめることや、悲しいような表情をすることは出来るようで。
けれど、やはり口元を緩めて笑うとか、口角を動かすことは、うまく出来ない。
「余程、ストレスがかかっていたのでしょう。今のあなたは、無表情に近い表情しか作れないようです」
スト、レス……。
途端、心に靄がかかったような、なんとも言いがたい感覚に襲われる。
先程の母との映像が再び頭を駆け巡り、体が、何もかもを拒絶したがっていた。
気持ち……悪い。
思わず口を押さえると、先生は背中を擦り、余計なことは考えないようにと言う。
「今は、ゆっくりと休んだ方がいいです」
しばらく擦られていると、落ち着いてきたのか、胸のつかえがやわらいでくる。
明日になれば……少しは、よくなるのかなぁ。
不安な気持ちを抱えたまま、私はゆっくりと、目蓋を閉じる。
眠りへと落ちていきそうになった時、何か、頬に触れている感触があった。目を開けて見るも、眠りかけていたせいか、よく見えなくて。
「ごめん……ホントに、ごめん」
ただ、懺悔の言葉を口にする声だけが耳に残って。
触れられている部分が……なんだか、心地いい。
落ち着くような感覚に身をゆだね、私は再び、目蓋を閉じた。