Liberty〜天使の微笑み【完】
◇◆◇◆◇
翌日、私はまた検査を受けた。
終わると祖父母が来ていて、先生が私の状態を説明していく。
二人は涙ながらに聞いていて、痛かったろうにと、体を擦ってくれた。
心配……かけちゃった。
ただでさえ、私が母から嫌なことをされたと知って、祖父母は罪悪感を覚えていたのに。申し訳なくて、二人に頭を下げることしか出来ない。
「お父さんには、私から連絡しておくから。――あのう。一つ、お願いがありまして」
祖母は、先生に何か頼みごとをしていた。何を言っているのかと思えば、母が来ても、会わせないでほしいということ。最初は疑問に思っていた先生も、祖母の様子を見て察したのか、分かりましたと頷いてくれた。
祖母からその話をしてくれ、私は少し不安が和らいだ。
もし、今この状態で母と対峙してしまったら、きっと、今まで以上に取り乱してしまうから。
祖父母が帰ると、私はベッドで横になっていた。まだまともに動くことが出来ないから、部屋に備え付けてあるテレビを見ることで、暇を持て余している。
……退屈、だなぁ。
こういうふうに、ふだん何もしないという時間がないから、どうしていいものかと困ってしまう。
しかも個室とあってか、妙に静かで。白を基調とした壁と、窓に付けられた薄い青が、余計にそう思わせる。
指ぐらい、は……ちょっとはマシ、かな?
ゆっくりと動かし、まだぎこちないながらも、握っては離しを繰り返す。両手で試してみると、左が右よりもぎこちなく、どうしても震えてしまう。
右だけなら……出来る、かな。
テレビ台に置かれている携帯に、そっと手を伸ばす。なんてことない動作なのに、それを手にするだけで、深いため息が出るほどだった。
あれ……なんで、こんなメール。
携帯を開くと、そこには一通のメールが入っていた。
差出人は橘くん。内容は、学校が終わったらここに来るという内容なのだけど……最後の一文が、引っかかる内容だった。
そばにいるから、って……。
どういうことなんだろうと、頭を悩ませる。
純さんからなら分かるけど……どうして、橘くんが?
そんな疑問が頭に過った途端、ピキッ! と、頭に痛みが走る。
声にならない声がもれ、両手で頭を押さえ、痛みに悶えた。
『あの時から……ずっと、君に惚れてた』
学校の光景が浮かんだと思ったら、聞こえたのはそんな言葉。
この声……純さんじゃ、ない。
朧げな光景が浮かんでは消えていき、幾つかの光景が見える中で、印象に残ったのはその言葉だけで。
胸が……苦しい、よ。
ケガで痛むとかではなく、そう、まるで初恋でもしたかのような。
胸が騒いで、落ち着かなくて……。
これじゃあまるで……橘くんの、こと。
右手で胸元を掴み、唇をぎゅっと噛み締める。
彼氏がいるのに、そんなことを考えるなんて。それなのに、自分は明らかに彼氏以外の異性に惹かれていて――沸々と、罪悪感が芽生えていた。
別れてもいない。ましてや、兄の彼女からこんなことを言われても、迷惑がかかることは目に見えているのに……。
早く、会いたいと思ってしまう自分がいた。
けれど、それから橘くんとは会うことは出来なくて。
美緒たちとも会うことを許されず……私はしばらく、面会謝絶になってしまった。
◇◆◇◆◇
病院にも慣れてきた頃、私はようやく、右手をスムーズに動かせるようになっていた。
けれど、肝心のカレからは一切連絡はなく。
知らされてないのか、はたまた捨てられてしまったのか――嫌な考えが過るものの、美緒とメールするのが楽しみで、そのやりとりが、私の心を明るく保ってくれていた。
それでも、まだ不安が解消されたわけではない。
声の方は、未だうまく出せなくて。
それでも微かに音を発することが出来だし、少しずつ、戻ってきていることが実感出来た。
残る問題は……あの日に、何があったかということ。
先生曰く、真実を告げても脳は複雑で、短期間に嫌なことや事故があると、時にそれを間違って記憶し、勝手に構成してしまうらしい。
だから、数日経った今でも、あの日のことは朧げな記憶でしかない。
それでも分かるのは……日に日に、胸が張り裂けそうな気持ちになってしまうこと。
気持ち悪いとか、そんな感情ではなく。
ある一定のことを考えると、変に胸が騒いでしまって。
こんなの……まるで、恋してるみたい。
認めたくないのに、ここまで胸が締め付けられてしまうのは、それ以外に考えられなくて――橘くんにメールすることを、ためらう自分がいた。