Liberty〜天使の微笑み【完】
「――市ノ瀬さん、入りますよ」
ガラガラっとドアが開く音が聞こえ、私は上半身を起し、声の人物を待つ。
看護師さんが、変わりはないですかと訊ね、血圧や熱を測っていく。
「少しずつ、表情が出てますね」
「そぅ…、…ぁ?」
「あ、声も昨日よりいいじゃないですか。話せる日も、近そうですね」
本当、早くみんなとしゃべりたい。
メールが出来るだけでもうれしいけど、やっぱり、直接会って話したいから。
「そうそう。今日はいい知らせがあるんですよ?」
笑顔を見せる看護師さんに、私は首を傾げる。
「今日から、面会が許可されましたよ。これで友達とも会えますね」
美緒たちに、会えるんだ――!
うれしくて、看護師さんがいなくなるとすぐ、私は携帯を手にした。
めんかいできるよ、っと。
送信すると、数分も経たないうちに返信が。そこには、放課後に早速行くからと書かれていた。
うれしい、すぐに来てくれるなんて。
思わず笑みがこぼれるものの、ふと、ガラス越しの自分を見れば、否応なしに現実を見てしまう。
――やっぱり、まだ。
最初に比べれば、口角が少し上がってきているものの、それが笑っているかの判断はしにくい。
美緒たちに事情は話していても、そのことだけがまだ不安で、来ることを楽しみにしていたのに、少し、心に暗い影を落としていた。
「紅葉~会いたかったぁ!!」
部屋に入るなり、美緒は私に抱きつき、喜びを露にする。
「は、ぁ……み、…」
「声出てるじゃん! よかったぁ~」
ね、さくちゃん? と、美緒は後ろに視線を向ける。
けれど、そこに橘くんの姿はなく、未だ病室に入ろうとしない橘くんを、無理やり手を引っ張り、美緒は中へと入れた。
「ほら、シャキッとしなさい!」
背中を勢いよくバチン! と叩き、明らかに痛いと思えるような音が聞こえ、私は思わず、隣に来た橘くんの袖を掴む。
「だ、ぃ…じょ、…?」
「……へ、平気、だから」
少し顔を歪めながらも、橘くんは片手で背中を擦りながら言う。
「む、ぃ…し、……ぁい?」
「ムリしてないから。ってか、市ノ瀬こそムリするなって」
そう言って、ぽんと私の頭に手の平を乗せると、橘くんは微笑んでくれた。
「ていうか……さくちゃん、分かるの?」
疑問の声を出す美緒に、橘くんが私の言葉を理解しているということを、今更のように気付いた。
表情ではほとんど分からない。
ましてや言葉でなんて、なかなか分からないと思っていたのに。
それを理解してくれただけでもうれしいのに、それが橘くんなんだと思ったら……心臓がまた、妙に高鳴ってしまう。
「いや、なんとなく……?」
「さっすが、ふだんから見てるだけあるわねぇ~」
ふだん、から――?
思い返してみれば、橘くんとはよく一緒にいるし、遊ぶこともあるけど。
「変なこと言うなって!」
「ははっ、顔赤いよぉ~?」
そんな姿見たら……勘違い、しちゃうよ?
自分のことを思ってくれているのかと、そんなことを考えてしまう自分がいて。
でも、そんなことは気付いてはいけない。理解してはいけないんだと、理性が余計な考えをストップさせる。
私には……純さんがいるんだから。
そう思ったら、今カレがどうしているのか気になって、そばにいる橘くんの服の裾を引っ張った。
「じゅ、ぁ…ど、し……?」
「…………」
途端、橘くんから表情が消える。
それを見て、いけないことを聞いてしまったのは明らかで。――すぐにやわらかな表情を浮かべたものの、その瞳は、どこか悲しみを含んでいるように見えた。
「市ノ瀬……まだ、何があったか分からないんだろう?」
ゆっくりと頷くと、橘くんはそっかと言って、続きの言葉を口にする。
「いつのことまで覚えてるか、教えてくれない?」
言われて、私は携帯を手にした。言葉にするよりも、こっちの方がちゃんと伝えられるから。
私が覚えてるのは……。
記憶を巡らせ、数日前のことから、ゆっくりと今に至るまでを考えてみる。
大会用の絵を仕上げて……あ、美緒の家にお泊りしたんだっけ?
そこまでいくと、徐々に記憶はあやふやになってくる。
ズキッ! と痛みが増していき、動かせる右手で額を押さえた。
「ムリ、しなくていいから……」
「そうよ。ムリに思い出そうとしないでいいのよ?」
心配してくれるけど、やっぱりそこは気になるところだし。
まだ考えることをやめないでいると――浮かんできたのは、橘くんと手をつないでいるところ。
すごく楽しい気持ちで、カレといる時を思い出すより、幸せな心地がした。
「で、と。――ぅ、み……?」
首を傾げながら言うと、橘くんははっとした表情を浮かべる。