Liberty〜天使の微笑み【完】
第10話 動き出す時間
頬に温かみを感じ、ゆっくりと目を開ける。
カーテンでやわらげられた日差しが顔を照らし、オレンジ色の光が、部屋を包み込んでいた。
「――おはよう」
そんな音声が聞こえ、私は何度か瞬きをして、近くにいるであろう人物を見た。
橘、くん……?
「昨日、あれからずっと起きないって聞いたから……かなり心配した」
ぎゅっと手に力を込められ、ようやく私は、右手を握られていることに気が付いた。
私、ずっと寝てたんだ。
先生と話した後の記憶がなく、どうやら、私は十時間も眠っていたようで。それも、呼びかけにも反応しないほどの、深い眠りだったらしい。
上半身を起こし、ぼぉーっとする頭をなんとか働かせる。
「き…、……ご、め」
昨日、帰るのを引き留めておいて寝てしまったことを悔やみ、橘くんに頭を下げた。
「もしかして……昨日のこと、気にしてる?」
頷くと、仕方ないだろう? と言って、橘くんは笑ってくれる。
「話聞いた後だったら、しょうがないって。――ちょっとは、覚えてる?」
「…………」
正直、完全には覚えてない。
でも、体がカレを……佐々木純哉と言う名前を聞いた途端、拒絶したのだけは、覚えている。
右手を離してもらい、携帯に文字を打ち込み、少しだけと伝える。すると橘くんは、どこか安心したような表情を見せた。
「よかった。余計に忘れてたらって、そればっかり気になってた」
情けないよなと、苦笑をもらしながら、続きの言葉を口にする。
「その……アニキが“元カレ”ってのも、聞いたんだよな?」
頷くと、橘くんは複雑そうな表情を浮かべる。
カレが元カレだということが、今の私には意外で。いつのまに別れていたのかと、自分でも驚くほどだった。
でも……だったら、私は今、フリーってことになるのかなぁ。
途端、ある考えが頭に思い浮かぶ。
もしフリーなら……誰を好きになっても、いい、よね?
橘くんに感じている感覚も、無理に考えないようにしなくていいことになるわけで。
そこまで考えが回るのは、あっという間だった。
どうしよう……なんだか、恥ずかしい。
一気に顔が熱くなり、私は橘くんの視線から逃れるように俯いた。
きっと、今の自分は顔が赤くなっている。それを見られるのも、なんだか恥ずかしく思えてしまって。
「市ノ瀬――? どこか、悪いのか?」
違うと首を左右に振ると、橘くんは心配そうに、顔を覗こうとする。それに私は、また逃げるように、今度は上半身ごと、橘くんとは反対の方向に背いた。
明らかに不自然な行動を取る私をみかねてか、突然ガシッ! と両肩を掴まれる。
「なんで……こっち見てくれないの?」
いつもの声とは明らかに違う、弱々しい声。
チラッと横目だけで見てみると、悲しそうな表情を浮べる橘くんが目に映った。
「オレのこと……イヤ?」
違う、嫌だなんて――!
首を横に振り、違うということを伝える。
何から話していいのか分からなくて、ただただ、私は戸惑うばかりだった。
肩に置かれた手が、とても温かくて。大きいなとか、ふだん考えないようなことに意識がいってしまって。
しばらく、沈黙が続いた後――私はゆっくり、俯きながらも橘くんの方を振り向いた。
未だ、肩には手が置かれたままで。
泣き出しそうな、そんな感覚が胸に湧き上がって……鼓動の速さは、増していくばかりだった。
「…………」
「――もし、さ」
ゆっくりと、言葉を発する橘くん。耳を傾けると、やわらかな声で、続きの言葉を口にする。