Liberty〜天使の微笑み【完】



 「オレのこと意識してるなら……うれしいよ」



 その言葉にハッとし顔を上げると、とてもうれしそうに笑う橘くんと視線が交わる。
 うれ、しい?
 そんなの、本当に私……。
 自分のことを好きなんじゃないかって、自惚れてしまう。
 けれど、好きと言われたわけではなく。
 これが告白だと言われれば、そうかもしれないけど。そんな都合よく受け取れるまでの度胸は……私にはない。

 「……ぉ、いぅ…い、み?」

 どんな意味で言ったのか、知りたい。知らないと、この先似たような言葉を囁かれれば、一人で舞い上がってしまいそうだから。



 「――そんなに、意味が知りたい?」



 悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う橘くんに、私は首を縦に動かし答えた。
 すると、その反応がうれしいのか、ふふっと笑みをこぼすと。



 「今度、デートしてくれたらね?」



 意外な言葉が、耳に入ってくる。
 私が、橘くんと……?
 最近の記憶で、一度はデートをしたということが分かっていても、実感がないせいか、初めて誘われた感覚して。
 したい、けど……。
 外出の許可は下りていない。それに、歩けるといっても、基本的に手を繋いでもらわないと難しい状況で。

 「すぐには行けないだろうけど――どうかな?」

 まるで、答えなんて分かっているかのような言葉。
 私を見つめるその目は、心を見透かしているような……とても、澄んだ目をしている。
 ズルい、よ。そんなふうに見つめられたら、嫌だなんて言えない。
 断るつもりはなかったけど、私は少し間を置いてから、頷いて答えた。

 「よかった。場所は……オレに、任せてもらえる?」

 どこに行くのかと気になったけど、正直、橘くんとだったら、どこでもいいと思える自分がいた。

 ◇◆◇◆◇

 橘くんと、デートの約束をしてから数日。
 早くその日がくるようにと、リハビリにも気合が入っていた。

 「いい調子ですね。――これなら、外出だけでなく、退院も早まるかもしれませんね」

 しかも、先生からうれしい言葉を聞き、気合はより一層倍増された。
 まだ学校へ一人で行くのは難しいものの、家に帰れるかもしれないということを言われ、とても励みに感じる。

 「ま、ぁ…だ、め……ぅ、か?」

 声も、以前よりはハッキリと発音が出来るようになってきて。全部が全部伝わるわけではないけど、美緒にもなんとか伝えられるぐらいになっていた。

 「そうですねぇ。――あと二、三日、様子を見てよければ許可しましょう」

 あと、もう少しで。
 そう思ったら、心はとても晴れ晴れとして。
 鏡に映った自分も、心なしか、口元を緩められているような気がした。
 部屋に戻ると、私は携帯を手にし、メールを打つ。ようやくふつうどおりに打てるようになり、右手は完全に、元通り動かせるようになっていた。
 送る相手は橘くん。
 数日中には許可が下りそうだと伝えると、その日が楽しみだというメールが返ってきた。
 このやりとりだけでも舞い上がってしまいそうな自分は、ある意味どこか悪いんじゃないかと思えるほど。一喜一憂してしまうことが、自分でも不思議に感じた。
 何通かメールを交わすと、リハビリをしたこともあってか、徐々に睡魔に襲われる。ベッドに横になると、眠りに落ちるのはあっと言う間で……。



 「――クレハ」



 思わぬ来訪者がいることなんて、夢にも思わなかった。



 「起きなさい。――クレハ!」



 体を揺さぶられ、私は強制的に眠りから覚まされる。
 何が起きたのかと混乱する頭に、更に追い討ちをかけるような光景が、目に飛び込んできた。



 ……お、かあ、さん。



 目の前にいるのは、間違いなく母親で。髪をショートにしていたものの、その姿を見間違うわけはなく。――反射的に、私の体は硬直した。
 なんで?
 確か、会わせないようにって話していたのに。
< 63 / 86 >

この作品をシェア

pagetop