Liberty〜天使の微笑み【完】
「もし、その言葉が本当だとしても……オレは、アニキを許せない」
これが今思っている、正直な気持ち。
もう二度と、市ノ瀬に近付いてほしくない。
家族としてはアニキに会いたい気持ちが少しはあるものの、一人の男として見たアニキは――人として、間違っていると思うから。
「だから、次にこんなことがあるようなら……オレはきっと、アニキを殺す」
その言葉に、会話を記録する警官が視線を向ける。射るような視線で、オレが何かことを起こすのではと、心配しているようだ。
「安心しろって。マジで、もう何もしない。――紅葉のことは、本気だから」
本気で惚れたから、手放すのが惜しくなったと、アニキは言葉を呟いた。
「そりゃあ、最初はお前を苦しめてやろうってだけで近付いたけど――気が付いたら、俺の方が夢中になってた」
だったら……なんで、あんなこと。
両手に力を込め、オレは唇を噛み締めた後、ゆっくり言葉を発した。
「……なんで、そのままでいようとかって、思わなかったの? 黙ってれば、オレにも市ノ瀬にも、不信なこと考えさせなかったのに。――それに、画像のことだって」
あんなふうに縛り付けなくても、市ノ瀬ならきっと、そのままアニキと一緒にいてくれただろうに。どうして自分から離れていくような行為をしていたのかと、疑問でならない。
「――嫌、だったのかもな」
紡がれたのは、そんな言葉。
何が? と考えていると、アニキは続きの言葉を発する。
「どっかで、気付いてほしかったのかもな……」
ははっと、苦笑をもらすアニキ。
今のが本心なら、アニキはずっと、市ノ瀬との関係に迷いを持っていた訳で。
「それ、って……」
「続きは本人に、な。けど、アイツが来なかったら……お前が、聞いてくれ。――それと、紅葉は俺以外のヤツとやってねーから」
そう言って、話は終わりだと言わんばかりに、アニキは立ち上がる。
反射的に自分も立ち上がり、まるですがるように、目の前の板に両手を付いてアニキを見た。
一瞬足を止めたものの、振り返ることはなく……そのまま、アニキはドアの向こうへと立ち去って行った。
しばらく、呆然とドアを見つめていたオレは、声をかけられ、ようやく動くことが出来た。
外に出て携帯を開くと、福原からの着信とメールが入っていて。何かよくないことでも起こったのかと思い、急いでメールに目を通した。
【今日から紅葉に会えるよ。早速、放課後行こう!】
そこには、今日から面会が許可されたとの文字。早速病院へ行こうという提案に、オレはすぐさま行くと返信し、その足で、病院へと向った。
◇◆◇◆◇
病院へ行くと、先に福原来ていて、オレが来るのを待っていた。
早く会いに行こうと急かす福原に対し、オレは徐々に、不安が募り始めていた。
もし……自分のことだけ、忘れていたら。
ドラマなんかでよくある話だが、実際にそーゆうことも起きると聞いていて、イヤな考えが巡っていく。
病室の前に立つと、その不安は更に増え……津波が押し寄せるかの如く、オレの心は、荒々しく乱れていた。
先に部屋へと入る福原に続けず、しばらく外で佇んでいると、呆れたように福原が戻って来る。
そして周りに聞こえない声で、オレのことを叱り始めた。
「会うのが怖いの? だったら、さくちゃんはもうずっと、紅葉に会わなくていいよ」
「っ…! 何も、そこまで言わなくても」
「不安なのは分かるけど……一番不安なのは、紅葉なんだからね」
真剣な眼差しを向ける福原に、返す言葉もない。
ホント……情けないよ。
自分ばかりが不安になって、自分が一番悲劇なんだってぐらい落ち込んで。
今ホントに辛いのは……市ノ瀬だ。
言われるまで気付けなかったことが情けなくて、オレは、唇を噛み締めていた。
「…………」
「分かればいいのよ。――ほら、シャキッとしなさい!」
ムリやり中へと入れられ、おまけに渇を入れるように、背中まで勢いよく叩かれてしまった。
いざ目の前にしてみると、意外にも不安になることはなく。まだうまく言葉を発せない市ノ瀬の言葉を理解出来たことに、内心舞い上がっていた。
こーゆうところが、単純なんだろうな。
アニキのことを聞かれれば、気分が少し落ち込んだりもしたものの、初めて二人きりで出かけたことを覚えていたことがまたうれしくて……福原がいるというのに、抱きしめたい感覚に襲われる。
それから警察が来て、雰囲気は一気に気まずくなってしまったものの、福原が追いやってくれたおかげで、何とか市ノ瀬の体調が悪くなることは避けられた。
まだ何も言えないことを謝ると。
「ち、が……わ、る…ぁ、い」
そう言って、市ノ瀬は一生懸命、言葉を発しようとしてくれて。
あぁ~……ホント、カワイイって。