Liberty〜天使の微笑み【完】

 「自分のお兄さんをイケメンって、さくちゃんそれ、お兄さん好きすぎだって!」

 ははっと笑いながら、美緒は橘くんの肩を叩く。

 「別にいいだろう? そう思ったんだから。――で、市ノ瀬の方は?」

 「えっと……身長が高いのは同じ。あとは、友達に気遣いが出来る人、かな?」

 「ん~それだけだと分からないなぁ。名前はなんて言うの?」

 「あ、名前は――!」

 そこまで言って、私は続きの言葉を飲み込んだ。
 ダ、ダメ……!
 余計なこと、言っちゃダメなんだから!
 カレから、自分のことは話すなと言われている。名前はもちろんのこと、どこに住んでいるかや、どこで働いているかということも。

 「……市ノ瀬?」

 しゃべるのを止めてしまった私に、橘くんは心配そうに声をかけてくれる。それに大丈夫だからといい、私は話を続けた。

 「その……カレね、あんまり他人に色々知られたくないみたいで。――だから、名前も言えないの。ごめんね」

 「なんか秘密主義な人ね?」

 「ってか、その性格だとアニキじゃないかも」

 「ははっ。そうそう偶然が重ならない、よね?」

 そもそも、橘くんと純さんは名字が違うわけだし。

 「じゃあさ、二人ともそれぞれ会ったら、どんなだったか聞かせてよね!」

 楽しげに言う美緒に、私は笑顔で頷く。
 橘くんも、むしろ話しに来る的なノリで答えていた。
 その後も雑談をしながら食事をし、それぞれの教室へと向って行った。

 ◇◆◇◆◇

 放課後――新しい作品を作るため、私はアトリエに来ていた。
 ここには各学年に二つずつアトリエが与えられていて、自由に解放されている。



 「――――はぁ……」



 なんだか……思うようにいかない。
 鉛筆を置き、もう一度ため息をつく。
 元々鉛筆で描くのは好きじゃないんだけど、基本に返ってみようと思い描いていた。
 本当は、パステルという画材を使って描くのが私のスタイル。
 鮮やかな色がたくさんあるから、この画材を気に入っている。
 けれど……今、それを使って絵を描くことが出来ない。正確には、絵自体も思うように描けなくなっているんけど。

 「こんなんじゃあ……間に合わない」

 一ヶ月後の大会に、私は作品を出展するよう進められていた。
 夏休み前から取りかかっていたものの、納得のいくものが出来なくて。描いては消してを、何度も繰り返している。

 「――帰ろう」

 イーゼルや鉛筆を片付け、教室を後にする。
 外はもう日が暮れていて、残っている生徒もまばらな時間帯。駅までの道のりは、一人で静かに歩いていた。



 ブー、ブー、ブー。



 携帯が振るえ、私はそれを手に取り開く。見ると、カレからメールが入っていた。

 「えっ……会わせるって」

 内容は、今夜弟に会わせるから、お店まで来てほしいというメール。
 どうしよう……今からじゃ、確実に間に合わないし。
 まだ地元の駅にすら着いてない私には、その場所へ行くには最低でも二時間はかかってしまう。それを避けるためには、直接お店に向うのがいいんだろうけど……。

 「お金は……なんとかなる、かな」

 手持ちでなんとか足りそうなのに安堵し、車は使わず、直接お店に向うことをカレにメールで伝えた。
 そして電車に乗ると、降りる駅を確認する。電車では初めて降りるところだけど、車で来たことがあるおかげか、お店までは迷うことなく、遅刻もしないで行くことが出来た。



 「ここに……いるんだ」



 お店の前に立つと、なんだか妙に緊張してしまって……。
 ゆっくりと入り口をくぐり、先に来ているカレを探していると。

 「っ!? す、すみません!」

 前を向いた途端、人にぶつかってしまった。慌てて謝ると、相手も同じように声を発する。

 「いや、こちらこそっ……えっ?」

 疑問を向ける音声に、私は前にいる人物を見た。

 「橘くんも……ここで、食事?」

 目の前にいたのは、橘くんだった。
 ここにいるってことは、もしかして――もしかする、とか?
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