Liberty〜天使の微笑み【完】



 「心配すること、ないから。それだけは……言えるよ」



 ただ、言葉を述べるだけのはずが――気が付くと、市ノ瀬の額に、唇を落としていた。
 まだ唇を奪わなかった辺り、少しは理性があったらしい。
 すると、福原が先生と共に戻って来て、先生が話をするからということで部屋を出て行こうとするオレに、またしても、市ノ瀬はカワイイことをしてきて。――まるで、すがりつく猫のように、服の裾を掴んでいた。
 そんな姿に胸がざわつきながらも、先生や福原がいるせいか、ふつうにしなければと思い、さっきみたいなことはしないようにと心がけ、部屋の外で、また話せる時を待っていた。



 ――けれど。



 その後、市ノ瀬は体の不調を訴え、深い眠りへとついてしまった。

 ◇◆◇◆◇

 学校が終わるとすぐ、オレは車を走らせた。向かう先は、もちろん病院。
 面会の許可をもらい、ドアをノックしてから、部屋へと入る。



 「――――――」



 まだ……起ないか。
 規則正しく寝息をたてる姿に、安心したような、残念なような。複雑な気持ちのまま、オレは隣に腰を下ろした。
 あんまりも安らかだから、このまま目を覚まさないんじゃないかって、思ってしまうほどで。

 「……市ノ瀬」

 そっと片手を伸ばし、頬に触れる。何度も触れたことがあるのに、こんなにじっくりと触れるのは初めてで。
 やわらかいとか、顔が小さいなとか……改めて、そんなことを感じていた。

 「――――…」

 一瞬、市ノ瀬が眉をひそめる。
 イヤな夢でも見てるのかと思い、心配で様子を窺うと、再び安らかな表情へと戻っていく。
 それにほっとしたものの、やっぱりどこかで、目が覚めなかったことを残念に思う気持ちがあった。



 「――欲張り、だよなぁ」



 もっと、市ノ瀬に触れていたい。
 けれどそれは、今のままの関係では、到底出来ないことで。
 頬から手を離し、オレはその手を市ノ瀬の右手へと移動させる。



 今の市ノ瀬に、この思いを告げたら……どうなるだろうか。


 
 まだ、迷っている最中の時間で止まっているなら、あの時のように、オレの思いに答えてくれない。
 それどころか、下手をすれば拒絶されるんじゃないかって……そんな恐怖が、脳裏に過ってしまう。



 ――だけど。



 それでも、いつかはこの関係を終わらせる日が来る。
 ただの友達じゃなく、恋人か、それとも……。
 どちらにしろ、あやふやな関係は、もう終わらせたいよな。



 「――好きだよ、紅葉」



 そっと、眠る市ノ瀬の額に、唇を落とす。
 聞こえることない言葉は、波紋のように広がり……やがて、その姿を消していく。



 今は、届かなくてもいい……だから。



 目を覚ましてくれと、手を握りながら、ひたすら願った。
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