Liberty〜天使の微笑み【完】

 「な、なんだか……わた、し、だけが」

 「市ノ瀬だけが?」

 「は、恥ずかしい、のかなって。――私、だけ。どきどき、してるみたいで……?」

 言い終わり、チラッと視線を向けて見ると――そこには、少し驚いたような、頬を赤く染めた橘くんが、目に映った。



 「あのさぁ……オレだって、一応は恥ずかしいよ?」



 ぽつり呟かれたのは、意外な言葉で。
 そんなふうには見えなかったから、私はちょっと信じられなかった。

 「でも……か、おには、出ない、から」

 「そりゃあ市ノ瀬がカワイイから、からかうのに夢中になっててそう見えてるだけ。内心は、オレもバクバクなんだよ。――分かるだろう?」

 ぎゅっと抱きしめられ、橘くんの心臓の音が、間近に感じられる。自分の鼓動と合わさっていくようで、二つの心臓は、大きな音をたてていく。



 ――同じ、なんだ。



 そう思ったら、なんだかうれしくて。私はそっと背中に手を回し抱きついた。

 「よか、った。同じ、気持ち、で」

 「ははっ、そんなの当たり前。ま、オレが考えてることも、考えてくれてたらうれしいけどなぁ~」

 含みのある笑みを見せながら言う橘くんに、私は首を傾げる。すると、左頬に手が添えられて……何を考えてるか理解した途端、心臓は、一際大きな音をたてた。

 「イヤならしないよ。市ノ瀬には……そんなこと、したくないから」

 甘く囁かれた言葉は、とてもくすぐったくて。
 体にゆっくりと浸透し、私の心を、じんわりと暖めてくれる。
 答えなんて、分かってるくせに。
 分かってて聞く橘くんは、ちょっとどころではなく、かなり意地悪なんじゃないかと思う。

 「……ズルい、よ」

 視線を少し逸らしながら、ぽつり小さく言葉を発する。

 「ははっ、今はズルくていいかも」

 言葉が途切れたと思ったら、やわらかな笑みを浮かべる橘くんと視線が交わり――触れるだけの、軽いキスが落ちてきた。
 これが初めてのことじゃないのに、やっぱり、変に緊張してしまって。
 すぐに俯いて、橘くんの胸元をぎゅっと掴んでいた。

 「なんか……ヤバいかも」

 あぁ~と片手で頭をかき上げる姿に疑問を感じていると、少し頬を染めながら、橘くんは言葉を発する。

 「自分で思ったより……好きかもしれない」

 それ、って……。
 私のことなのかと、そんな不安が湧く。自分だけがすごく好きなんじゃないかと、心が掻き乱されてしまいそうで。



 「言っとくけど、市ノ瀬のことはかなり惚れこんでるから」



 あ、改めて言われると……。
 未だ俯き続ける私に、橘くんはぽんと頭に手の平をのせ、やさしく撫でてくれる。

 「好きかもしれないって言うのは……キスのこと。なんか、クセになそうでさ」

 だから、今もすごくしたいのだと、さすがに恥ずかしいのか、橘くんの声はいつもと違って聞こえた。
 そんなふうに思ってくれたことがうれしくて、私はチラッと盗み見るように、橘くんに視線を向ける。

 「……あ、のね?」

 言葉を発すると、橘くんも私の方を向き、お互いの視線を交わらせる。

 「いい、よ。私、も……したい、から」

 まだ、自分からする勇気なんてないけど、もっと触れたいって思うのは、私も同じだから。
 しばらく見つめ合うだけだったが、橘くんはふっと笑みを見せると、言葉を口にする。

 「言っとくけど……激しいから」

 「は、んッ……!?」

 言葉なんて、発する暇もないほど。
 先程のキスとは、比べ物にならないくらいに、深くて激しいキス。
 あまりの勢いに、私は押し倒されるように、ベッドへと体を横たわらせる。

 「んんッ……ふぁ」

 吐息までもが甘く、どんどん、橘くんに溺れてしまうのが分かる。
 体だけでなく、口の中までもがとても熱くて……もどかしい感覚が、全身に広がっていた。
 さっきまで、あんなに不安だったのに。
 今はもう、そんなことは感じていなかった。



 「これ以上やってると――理性ぶっ飛びそう」



 唇を離し、囁くように言う声。
 やわらかくて、ただでさえ頭がぼぉーっとして心地いい感覚が、余計に体を支配していくようだった。
 これ以上は……さすがに私も。
 まだ、心の準備が出来ていない。それに、ここは病院だから、さすがにそういうことは、部屋がいいなと思った。

 「この続きは……いつか家で、ね?」

 そう言って、頬にやさしいキスを落とす。
 こ、これじゃあまるで。
 キス魔みたいだと、そんなことが頭を過る。
 でもこれは、誰彼構わずするキス魔とは違い――私だけに、してくれるもの。
 言葉もうれしいけど、こうやって行動に表してくれることが、更に喜びを増していた。
 その日はとても穏やかで、ここに来てから、一番寝つきがいい日となった。
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