Liberty〜天使の微笑み【完】
◇◆◇◆◇
翌日、リハビリをしていると、私は意外な人物に声をかけられた。
「――愛美、さん?」
ガラス越しに手を振る姿が目に入り、私は部屋に戻ると告げ、愛美さんの元へと歩いて行く。ドアを開けるなり、愛美さんは体を支えてくれ、急がなくてもいいのにと、最初の時を同じく、とても凛とした声をしていた。
「あ、のう。今日は、ど、したん、ですか?」
「紅葉ちゃんのお見舞いにね。それに――色々と、話したいと思って」
何か、あるのかなぁ。
話があるということなので、部屋に戻って話しをすることにした。
「単刀直入に言うわね。――佐々木さんをどうするか、考えている?」
座るなり、愛美さんはそんなことを言った。
やわらかな口調ではあるものの、内容が内容なだけに、嫌な緊張感がある。
「……まだ、分からない、です」
「だと思ったわ。でも、焦らなくていいのよ」
大丈夫だからねと、微笑む愛美さん。
正直、そう言われるとほっとする。
「もし、紅葉ちゃんがいいなら……一度、本人に会うのもありだと思うわよ」
純さんに、会う――?
「っ……!」
途端、頭にあの夜のことがフラッシュバックする。
少しはマシになっているものの、やっぱりまだ、体がどこか怯えているようだ。
「……ごめんなさい。ちょっと、急過ぎたわ」
そう言って、愛美さんはそっと、背中を擦ってくれる。
温かくて、やさしい感覚。心配しなくていいからと言われてるみたいで、とても落ち着く。
「すみ、ません」
「いいのよ。ただね、このままもいけないと思ったから……お節介かもしれないけど、これ以上のキズは、抱えてほしくないから」
「傷、ですか?」
「そうよ。でもそれは、目に見えない方のキズ。――こっちの方のね」
そう言って、愛美さんは自分の胸に手を当てる。
心のって、意味だよね。
愛美さんには、自分が何を抱えているのか知っている口ぶりに思えて。
なんとなく、不思議な感覚を抱いていた。
「……知って、いるんですか?」
何がとは聞かず、出方を窺う。すると愛美さんは、なんとなくね、と言い、言葉を発する。
「虐待、じゃないかしら? 見てたら、そうなんじゃないかなぁって思ったの」
愛美さんも、もしかして……。
同じ経験者だからなのかと、疑問が過る。そんな私を察してか、愛美さんはあっ! と、何か思いついたように話を始める。
「ごめんなさい。私が何をしているのか、言ってなかったわよね?」
頷くと、やっぱり忘れていたのねと、言い忘れていたことを謝られた。
「言ったつもりになっていたわ。私はね……臨床心理士。病院にいる患者さんの、心のケアーが専門の仕事をしているの」
愛美さんのお仕事を聞いて、自分のことを見抜いたことに納得した。
「だからね、少しでも気持ちをラクに出来ればと思って。――古いキズは時間がかかるけど、新しいものは、それ以上酷くならないようには出来るから」
どうして……ここまで、してくれるんだろう。
仲良くはなったものの、会ったのは一回で、メールもしていない。そんな私のことを気にかけてくれるのが、不思議でたまらなかった。
「どうして、って思ってる?」
「えっ! あ、あのう……」
「いいのよ。まぁ、当然よね。会うのはまだ二回目なんだから」
考えがバレてしまっていることに、私はそうですと頷く。すると愛美さんは、ふふっと笑みを見せてから、言葉を発した。
「理由は……そうねぇ。幸希のため、かしら」
先輩の、ため?
疑問に首を傾げる私に、愛美さんは続きを話していく。
「紅葉ちゃんは覚えてないだろうけど、幸希、紅葉ちゃんに助けられたんだって」
助けられたって……私、先輩に何をしたんだろう。
「その様子だと、覚えてないみたいね? でも、気にしないで。それと、確かに幸希のためっていうのもあるけど……私自身、紅葉ちゃんが気に入ったから、今ここにこうしているってことを、分かってほしいわ」
やわらかな笑みを浮かべ、そっと、私の右手を両手で包む。
先輩に何をしたのかは分からないけど……愛美さんがこうして心配してくれていることが、すごくうれしい。
「まだ、ほとんど、知らないのに……あ、ありがとう、ございます」
「お礼なんていいのに。――ちょっとは、表情が戻ってるわね」
「そう、ですか?」
「えぇ、結構ふつうに見えるわよ」
それが本当なら……とてもうれしい。
ずっと無表情のままでいるのは嫌だし、何より、楽しい時にも、そんな顔はしたくないから。
橘くんと恋人になった今では、それがすごく気にかかっていた。
だからもし、本当に笑えるようになったら……一番に、見せてあげたいな、なんて。
そんな考えが、頭に浮かんだ。