Liberty〜天使の微笑み【完】
「ふふっ。なんだか楽しそうね」
「あ、これは、その……」
「慌てなくていいから。それで……さっきの話なんだけど」
あ、そっか。
まだ、どうするか決めてなかったんだ。
「紅葉ちゃんは……どう思うかしら?」
確かに、早いうちに解決する方が、きっといい。
今なら、本音を言える友達も、そばにいてくれる人もいて……心が以前に比べ、強く、保たれているから。
「正直……怖い、です」
でも、こう思っているのも事実で。私は、ゆっくりと胸の内を明かしていった。
「会えば……何かが、変わるかもって、分かってます。でも、な、にを。話して、いいの、か……分からない、です」
両手に力が入り、ぎゅっと、シーツを握り締める。
たったこれだけのことを言うのに、酷く疲れてしまって。喉が、つっかえるような感覚がした。
「話さないでも、会うだけでもいいと思うわ」
背中を擦りながら、愛美さんは言う。
「考えてても、なかなか思うように言葉なんて出ないもの。その時になって、その時に思ったことを聞けばいいんじゃないかしら?」
その時に思ったことを、か。
色々考えていても、いざ目の前に現れたら、話したいことなんて吹っ飛んでしまう気がする。少しでも恐怖を感じている自分なら尚のこと、下手に難しく考える必要はないんじゃないかって……そんな考えが、頭を過った。
「まぁ、これはあくまでも私の意見だから。――最終的には、紅葉ちゃんが納得する方法を選択してね」
愛美さんの言葉は、最後までやさしく。こうしなさいとか、こっちの方がいいとか、無理強いをすることがない。
だからだろうか。
初めて会った時も、すんなりと受け入れることが出来て。今も、素直に愛美さんの言葉を受け入れることが出来る。
「わた、し……会うだけ、会います」
そう口にすると、愛美さんはやわらかな表情を見せる。
「その方が、いいと思います、から。――退院する時、でも。会います」
「紅葉ちゃんがそうしたいなら、応援するわ。でもね、無理はしないでね」
約束よ? と言って、愛美さんは小指を出し、私の右手の小指に絡める。それがなんだか、ちょっと恥ずかしい気がしたけど、はいと答えて、しっかりと約束を交わした。
◇◆◇◆◇
いよいよ退院が明日と迫る中、私はお見舞いに来た祖父母に、ある話をしていた。
「私、ね……佐々木さんに、会おうと思うの」
話をしたいと言う私に、二人は予想通り、怪訝そうな表情を浮べた。
無理もない、よね。
付き合っている時も、いい印象じゃなかったし。
何より、入院する原因を作った人物だから、嫌悪感を抱かないはずがない。
「会う必要なんてないわよ!」
「そうだぞ。そんなことは警察に任せて、紅葉はふつうに生活すればいいんじゃ」
「でも……それじゃあ、お母さんの時と同じ、だから」
逃げるだけなら、あの時と変わらない。
何も解決しないで、そのままにして……ずるずると時間が経つだけで、何も変わらない。
「それじゃあ、いけないと、思うの。だから……好きに、させて下さい」
「「…………」」
頭を下げて言う私に、二人は何も言わない。
ただただ、気まずい空気が流れるばかりで。
居心地が悪い、嫌な雰囲気が、部屋を包んでいる。
「逃げるとか、そんなことないわ。だって、これ以上辛い思いをすることなっ」
「分かった。紅葉が考えて決めたんなら、じいちゃんは文句を言わん」
祖母の言葉を遮り、祖父がまさかの賛成をしてくれた。それに私も祖母も、驚きの色を隠せなかった。
「あなたまでそんなっ!」
「ばあさん、紅葉がしたいと言ってるんだ。それに――今まで、自分からワシらに頼んだことなんて、数えるぐらいしかないじゃないか」
目を細め言う祖父は、どこかうれしいような表情を浮かべながら、話を続ける。
「やりたいように、やらせてやればいいじゃないか。今までそんなこと、出来なかったんじゃからな」
「……おじい、ちゃん」
「好きなように、しなさい。――ばあさんも、いいじゃろ?」
ここまで言われては、祖母も言い返せず。最後には、祖父の言葉に折れてくれた。
「よかったな、紅葉」
大きくてごつごつした手の平で、ぽん、ぽんっと私の頭を撫でてくれる。ちょっと荒い撫で方だけど、それでも、私にはうれしかった。
「……ありがとう」
二人に許可をもらい、残るはあと一人……。
私は、一番相談しなければならない人を、今か今かと待っていた。