Liberty〜天使の微笑み【完】

 「イヤなら、遠慮しなくていいから」

 「ち、違うの! ただあんまり、その。――深いのは……変な声、出るから」

 そう言うと、何がうれしいのか、橘くんは笑っていた。

 「あははっ、変な声って。オレは気にしないし、それはうれしいことだと思ってるから」

 「……うれしい、の?」

 「うれしいよ? だって……それだけ、オレのこと感じてるってことだし、ね?」

 「んんッ……!」

 耳元で囁かれたと思った次の瞬間には、もう、唇は奪われていて。
 背中に手は回ったままだけど、頭に添えられていた手は、今は顎に移動し。ぐいっと持ち上げるように、手を添えていた。
 舌が絡み合って、息も飲み込まれるほどの、深い深いキス。
 まだ慣れない私は、次第に息がうまく吸えなくなってきて……。

 「んっ……く、ぅッ!」

 胸元をぎゅっと掴み、苦しくなってきたことを伝える。すると橘くんは唇を離し……たと思ったのに、キスは、未だ続けられていた。
 けれど、今はさっきのように苦しくはなくて。深いながらも、私の様子を窺いながら、気を付けてくれているようだった。
 本当……どこまで、やさしいんだろう。
 苦しいと言えば、ちゃんと息が出来るようにしてくれて。
 まぁ、キスを止めないあたりは、橘くんらしいと思うけど。
 それでも、私もまだしていたいという気持ちがあったから、止めなかったことが、うれしくもあった。



 「――市ノ瀬」



 名前を呼び、すっと唇を離したかと思った途端。
 橘くんは、首元に顔を埋めた。

 「あ、あのう、まだ……!」

 ま、まさかこれ以上のことを!?
 ここは病院なのにとか、誰かが来たらとか、さまざまな考えが浮かぶ。
 徐々に慌て始めていると、首に、チクッと痛みが走った。

 「大丈夫……これ以上は、市ノ瀬が求めるまではしない」

 やわらかな笑みを浮かべ、橘くんはそんなことを言う。
 求めるまで、って。
 また恥ずかしいことをと思いながらも、やっぱり、こういうところが好きだなぁと、改めて実感していた。



 「――でも、オレのって印ぐらいは許してね」



 えっ? と思い首を傾げると、橘くんは私の首をなぞる。

 「ここに、付けといたから」

 「付けたって……も、もしかして!?」

 「あぁ、バッチリとね」

 ニカッと笑う橘くんに、私は慌てて手鏡で確認をする。そこには、確かにくっきりと赤いものがあって……今まで付けられたことがない私は、顔が一気に赤くなってしまった。

 「こ、こんなの、って……」

 キスマークなんて、生まれて初めて付けられてしまい、私は、どうしていいか分からなくなっていた。

 「も、もしかして……イヤ、だった?」

 私の雰囲気を察してか、嫌なことをしてしまったのかと気にする橘くん。
 それに私は違うからと言い、こんなことが初めてなのだと伝えた。

 「だ、だから……よく、分からなくて。うれしいのに、どうしたらいいんだろうとか、ちょっと……軽く混乱しっ!」

 「――ごめんね」

 ぎゅっと抱きしめ、謝罪の言葉を口にする橘くん。嫌ではないと伝えたものの、何も聞かずにしたことは、少なくとも悪いと思うからと、そんなことを言われた。

 「ちょっと、調子にのり過ぎた。市ノ瀬といたら、すっごい独占したい気になって……こーやって、オレの彼女なんだって、見せ付けたくなった」

 ど、独占だなんて……。
 そんなふうに思ってくれているのが、少し心配だった。これが、いつか狂気の独占に変わらないかどうかと。



 でも……橘くんは、橘くんだから。



 絶対に大丈夫なんて保障はないけど、信じれると、そんな不確かな自信が、私の中にあった。

 「ちょっと、驚いただけ、だから。――わ、私も独占したいな、なんて……」

 ここまで誰かを必要としたのは、初めてだと思う。
 だから橘くんが言う独占したいという気持ちも、今なら理解出来る。

 「ホント……市ノ瀬はカワイイって」

 ありがとうと耳元で囁かれ、私はまた、心臓を大きく高鳴らせていた。



 「――そろそろ終わったぁ~?」



 突然の声に、私たちは驚いて、同時に声の方を向いた。

 「声かけても気付いてくれないし、二人の世界入っちゃってるしさぁ~」

 「朔夜、オレが言ったとおりだろう? 彼女が出来れば、こーなるってな」

 そこにいたのは、美緒と海さんの二人。
 慌てて離れると、私は布団で顔を隠していた。
 あ、あんな場面見られちゃうなんて……!
 どこから見られていたのかは気になるけど、聞いたらもっと恥ずかしくなりそうだったから、聞くことは止めておいた。

 「これでさくも、俺が美緒に夢中になるのが分かっただろう?」

 「わ、分かったって! もう二人が何してても文句言わないから」

 「それにしても紅葉、結構大胆なのね? 「独占したいな、なんて」とか言っちゃって!」

 「い、言わないでよ! 恥ずかしいんだから……」

 も、もう穴があったら入りたいよぉ。
 それからみんなで雑談して、帰る最後まで、私と橘くんはからかわれっぱなしだった。
 みんなと話した後は、すごく気分がよくて。
 部屋のガラスに映った自分は、ここに来て、一番いい顔をしているようだった。
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