Liberty〜天使の微笑み【完】
「少しは……似てる、かな」
ふだんから、絵には命を与えるような感覚で描いているものの、今度の作品は、本当にそれを実感する。
生き物には大事であろう瞳を、私は今まさに、描き込んでいた。
くりっとして、でも、そんなに瞳は大きくなくて。
真っ黒ではなく、その中にも陰影がしっかりとして……最後に、瞳に明るさを入れれば。
「――完成、した」
背中を椅子へと預け、両手をだらんとぶら下げる。
そして視線を、目の前にあるもの……完成したばかりの絵に、そっと向けた。
初めて……だなぁ。
生き物をきちんと描くのは、これが初めて。
前に何度か挑戦したものの、なんだか納得が出来なくて……それこそ、ただの色味で入れたような印象しかなかったのに。
橘くんには、どう見えるんだろう。
自分で言うのもなんだけど、結構うまく出来ているんじゃないかと、うれしく思った。
これで、本当に生き物を描けるようになったら……。
――天使を、描きたい。
ずっと、私の中にあるイメージ。
でも、生き物を描けない私が、ましてや人なんて描ける訳もなく。今まで授業で描いたのも、何も感じない“ただの絵”でしかなくて。
でも……この絵を描けた今なら、そのうち。
“描ける”なんて自信が、少しずつ、心に満ちていく気がした。
「明日のことだって……きっと」
描けなかったものが描けたんだし、何より、気持ちが以前とは違う。
それに、一人ではないんだから。
もう……逃げるだけの空間から、出て行かなくちゃ。
◇◆◇◆◇
「――着いたよ」
声をかけられ、私は外へと目を向ける。
橘くんの運転で、私は今、純さんのいる場所へと来ていた。
「……ムリ、してない?」
「ううん。まだ、大丈夫――?」
そっと右手を握られ、橘くんの温もりを感じる。
視線を顔へと向ければ、やわらかに視線を向ける橘くんと視線がぶつかった。
「体、ちょっと震えてる。――全部、一人でしようとかって、背負うこうとないから」
「……うん」
言われれば、確かに体は、小さく震えていて。
心はしっかりしていても、なかなか難しいようだ。
案内をしていた人が、ドアの前で立ち止まる。それを見て、ここにいるのかと、改めて気が引き締まっていき……自然と、握られた手を強く、握り返していた。
中にはもう来ているらしく、あとは、私が入るだけ。
ドアの前に行くものの、足が、徐々にすくんでいく。
……一人で、行かなくちゃって思ったのに。
ただ、ドア一枚隔てているだけ。
それでも恐怖を感じているのだから、今までよく一緒にいたものだと、そんなことを冷静に考えてしまう自分がいた。
頼んでも……いいの、かな。
橘くんの様子を窺えば、私の視線に気が付いたのか、何? と言うふうな表情で私を見る。
「ま、まだ一人は……怖い、から」
ぎゅっと、手に力を込め強く握る。
そして一度、深く深呼吸をしてから、続きの言葉を口にした。
「一緒に……いてくれない、かなぁ?」
自分でも、情けないと思う。
これだけのことを言うのに、今にも、泣きそうな声を出してしまうのだから。
「断るわけないだろう? カワイイ彼女の頼みだからね」
いつものように、ちょっとおどけたような、明るい口調。
大丈夫だからと頭を撫でてくれ、橘くんは、私に安心を与えてくれる。