Liberty〜天使の微笑み【完】



 「――ホント、煽るのうまいって」



 ははっと笑いをもらしたかと思うと、上にあった重みが消える。すると横から、温かい温もりを感じた。向き合う形で抱かれ、自分で言っておいてなんだけど、すごく心臓が高鳴ってしょうがない。



 「紅葉は……これで満足?」



 耳元で囁かれた言葉に、私は思わず、間の抜けた声をもらしていた。
 い、今……名前。
 初めて呼ばれ、それがいまいち信じられないでいると、橘くんはまた、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 「欲を言えば、オレはもう少しで満足出来るんだけど……分かる、よね?」

 こつんと、おでこをくっつけて言う橘くん。
 言おうとしてることは、なんとなく想像できるけど……。
 今まで呼んだことがないし、それに、こんな間近で名前を呼ぶなんてことは、余計に心臓に悪い気がする。

 「…………」

 「やっぱり……まだ、慣れない?」

 腰に手を添えられ、体を引き寄せる。途端、心臓がドキッ! と、大きく脈打つのが分かった。
 言いたい、けど……。

 「恥ずかしいだけなら、呼んでくれるとうれしいな」

 だ、だからそうされると……!
 囁くように言われ、息が時折、耳元をかすめていく。
 全身が、熱を帯びていって……触れられる部分だけでなく、見つめられるだけでも、どうにかなってしまいそうなほど。痺れてしまったかのような、頭がぼぉーっとする感覚が、体を支配していく。



 「……、や」



 気付けば、小さく、言葉を発していた。
 きっと、自分でも気付かないうちに、早く言いたかったんだと思う。グラスから溢れ出る水のように、私は、愛しい人の名を、ゆっくり、丁寧ねいに紡いでいく。



 「さ、くや……朔夜が、好き」



 名前だけでなく、好きと言われると思っていなかったのか、橘くんの顔は、どんどん赤みを帯びていく。



 「だ、だから……そーゆう不意打ちは、反則だって」



 先程までの悪戯っぽい雰囲気は消え、橘くんも、すごく恥ずかしい様子で、私を見つめる。どこか苦しいのか、困ったような表情で、言葉を口にした。

 「軽いのだけにしようと思ってたけど……我慢、出来ないだろう?」

 熱を帯びた声に、私はどこか、期待をしていたようで。

 「……ちゃんと、息が、出来るなら」

 少し間を置いてから、私は、そう答えていた。
 意外だったのか、一瞬、橘くんは驚いた表情をする。けれど、すぐに満面の笑みに変わり、やわらかい言葉を、耳元で囁く。



 「オレも、紅葉が好きだよ。――離さないから、覚悟してね?」



 言い終わると同時。唇に、橘くんの唇が重なる。
 初めは触れるだけの、やさしいもので……次第に、深いものへと移行していく。



 「んッ……はっ、ぁ」



 以前の時と比べ、苦しいことはなくて。
 甘くもどかしい感覚が、全身を駆け巡っていた。
 しばらくすると、ゆっくり唇を離す橘くんは、更に体を密着させてきて。



 「――もう少し、このままでいよう」



 静かに目を閉じる様子に、このまま寝てしまうのかなと、そんな考えが過る。
 まだ時間はあるし……いい、よね。
 私もこのままでいたくて、頷いて、橘くんの胸に顔を埋めた。



 この時間が……どうか、壊れないように。



 ようやく訪れた安息の時間に、神にも祈るような思いだった。



 いつも、不安を取り除くような言葉をくれて。
 いつも、私の意思を尊重してくれて。



 「本当、怖いくらいやさしいね」



 「ははっ。やさしいのは、彼女限定だから」



 少し悪戯っぽいところもあるけど、とてもやさしい彼に、自然と、笑みがこぼれてくる。
 支えてくれる人と、一緒にいれる喜びを……幸せというものを、大げさかもしれないけど、私は今、人生で一番と言っていいほど実感していた。

                  Fin.
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