Liberty〜天使の微笑み【完】

 ◇◆◇◆◇

 少女と会話を交わしてから数日。
 あれからまた見かけないなぁと思いながら下校をしていると、駅へと入っていく、見覚えのある少女を見かけた。
 途端、歩調が速まり、オレは後を追うように待合所へと入っていった。

 「こんばんは。また、描いてるんですか?」

 話しかけられると思ってなかったのか、少女は一瞬、ビクッと体を震わせていた。
 これって……なんか、ストーカーみたい、だよな。 
 冷静な自分が、そんな考えを導き出す。こーやって話しかけたりする辺り、相手からしたら迷惑なんじゃないだろうかと、今更のように気になり始めてきた。

 「こ、こんばんは。――絵に、興味があるんですか?」

 「あ、うん。オレ、デザイン系目指してるからさ」

 それに少女は、そうですかと言って、絵を描くことを再開させた。

 「…………」

 「…………」

 ここまで話してるんだから、何か言えよ、自分!
 いざ少女を目の前にすると、頭の中が真っ白になってしまって……名前を聞くこにまで、考えが回らない。



 「――どうして、話しかけるんですか?」



 ふと、そんな音声が耳に入る。
 こちらを振り返ることなく聞く質問に、オレは少し間を置いてから、言葉を発した。

 「その……そこに、絵が飾ってあるだろう?」

 言われて、少女は絵に視線を向ける。

 「あれが、すごくキレイだと思ってさ。誰が描いたのか、知りたくなって」

 「――それだけ、ですか?」

 手を止めて、少女はこちらに視線を向ける。
 何が? と思っていると、少女は言葉を続けた。

 「あの絵を……本当に、綺麗だと思ったんですか?」

 オレを見る目は、どこか悲しげで。
 まるで、キレイだと言われたことに、疑問を感じているようだった。



 「ホントだよ。――けど、ちょっと悲しい、かな」



 その言葉に、少女はえっ? と、驚きの声をもらす。

 「いや、ホントすごくキレイだと思うんだけど……なんて言うんだろう。やぱりどこか、悲しいって言うか、淋しい、みたいな感じもするかなぁって」

 「……そう、ですか」

 それだけ言葉を発すると、少女は手早く片付けを始める。
 ヤバッ。
 怒らせた、かな……。
 また余計なことを言ったと思い謝ろうとすると、少女はすっと立ち上がる。



 「そんなこと言ったの……あなたが、初めてです」



 微笑ながら言う姿に、オレの心は、鷲掴みにされた。

 「私も、デザインではないですが……絵画のある学校に入りたいと思ってます」

 絵画のって、この辺だったら。
 二つ向こうの駅に、大きな大学があったはず。そこはオレも受けようとしているところで、もしかしたら、少女も受けるのかと、そんな考えが頭を過る。

 「それ、って……」

 「あ、すみません! 電車が来ましたから」

 そう言って、少女は足早に、オレの横を走り去る。

 「ちょっ、ちょっと!」

 まだ、名前だって聞いてないのに!
 ようやく追いかけようとした時には、既に遅く―――ドアが、音をたてて閉まった。
 オレが追いかけていたことが分かったのか、少女はこちらを振り返る。
 しばらく視線を交わらせていると、電車が走り出すと同時。少女は、小さく手を振ってくれた。
 それだけで、オレの心臓は大きく跳ね上がってしまう。
 たかが、手を振られただけなのに……。
 名前も知らない、ただ絵を描いていた少女に、こんなにも心乱されるなんて。



 これがいわゆる……恋、だろう。



 今までにないほどの感情。
 湧き上がる感覚に、オレは再び、少女に会える日を待ちわびた。



 ――けれど。



 それから、少女に会えることはなくて。
 駅員のおじさんに聞いても、見ていないと言われてしまい……あの時、名前を聞かなかったことを、酷く悔やんだ。
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