Liberty〜天使の微笑み【完】
「お前さ……気ぃー抜きすぎ」
言われた意味が分からず戸惑っていると、カレはさらに言葉を続ける。
「朔夜は同い年だからいいけど、幸希は先輩だろう? もっと気を使え」
「ご、ごめんなさい……気楽にしてって、言われてたから」
そう。前の集まりの時に、幸希さんがふつうに接してくれと言われていたのだ。あまり砕け過ぎはよくないけど、私の話し方ぐらいなら構わないと。
「言い訳してんじゃねーよ。んなの社交辞令みたいなもんだって分からないわけ? とにかく、今後は敬語で話せ」
これって……言い訳、なの?
でも、これ以上言って、純さんの機嫌が悪くなるのは嫌だし。
「……うん、分かった」
頷くと、純さんはきつく握っていた手を放す。
ちょっと痛かったものの、このことをまた言って、カレの機嫌を悪くするのは避けたい。だから、私は二人が戻って来た後も、何事もなかったかのように振舞った。
「じゃあ、これでお開きにするか」
その後カラオケとか遊びに行くのかと思われたが、明日は仕事が早いとかで、食事のみで終わることになった。
「純哉はオレので帰るとして……紅葉ちゃん、どうやって帰るの?」
「私は、タクシーでも使って帰ります」
もう十時を回ってるし、家の方面のバス、もうないんだよね。
家は意外と田舎で、一時間に一本通ればいい方なのだ。
「タクシーなんてお金かかるって。なんだったらオレが送るよ?」
そんな提案をされると思っていなかったので、私はきょとんとしたふうな表情で、橘くんを見ていた。
送ってくれるのは嬉しいけど……。
一応、男子と二人きりになってしまうことが気になり、カレの様子をチラッと窺う。
「ま、朔夜なら他のヤツより安全だしな」
「他のヤツよりって! オレは普段から安全な人間だっての。――んじゃ、アニキからの許可ももらったし、どうする?」
そりゃあ、送ってくれるなら助かる。
だから私は、素直に橘くんの好意に甘えることにした。
「じゃあ……お願いします」
軽く頭を下げお願いすると、任しとけ! と言う元気な声が聞こえた。
「んじゃ、また今度な」
「うん。またね、純さん。赤峰先輩も、気をつけてください」
挨拶をすると、私は橘くんに連れられ車へと向った。
そういえば……友達になってから一回も、橘くんに乗せてもらったことなかったなぁ。
「ちょっと汚いけど勘弁ねぇ~。はい、どうぞ」
助手席のドアを開け、笑顔で言う橘くんに、私は戸惑いを覚えた。
こ、こんなふうにされたの……初めて、なんだけど。
どうしていいか分からず迷っていると、私の口から出たのは。
「う、後ろでいいよ! ほら……助手席は、彼女とか乗せた方が」
と、そんなことを口走っていた。
初めて助手席に乗せるのは、彼女がいいってこだわってる人もいるって聞くし。
「はははっ! そんなこと気にするなって。むしろ、市ノ瀬が初になってくれる方が、オレとしては嬉しいけど?」
ちょっ、なんか恥ずかしいよぉ……!
「も、もう! 私、そういうセリフに慣れてないから!――えっと……それじゃあ、お邪魔します」
席に座ると、橘くんはドアまで閉めてくれて。
こういうの……誰にでも、してるのかな?
手馴れてる気がして、運転する姿をチラッと見ながら、そんなことを考えていた。
「――言っとくけど、誰にでもしてないから」
考えを見透かすような答えに、私は思わず裏返った声を出してしまった。
「顔に出てる。慣れてるなぁ~ってな」
ははっと笑いながら言う橘くんに、私はすぐに言葉を返すことが出来ないでいた。
顔に出てるって……私ってやっぱり、分かりやすいのかなぁ。
「図星、だろう?」
「そ、それは……」
「隠すことないじゃん。オレだって、あーゆうことするのには度胸がいるんだよ?」
「だったら私にしなくても……。そういうのは、好きな子にしてあげないと」
「好きな子ねぇ~……」
そう呟いたあとの顔が、なんだか妙に真剣で。
雰囲気が変わったのを、肌で感じ取った。
何か、おかしなことを言っちゃったかなぁ?
気にはなったものの、その後の橘くんはいつもどおりで。学校でのことや色んな話をしながら、家路を楽しく過ごしていた。
あまりに楽しくて……携帯が震えていることにも、気付かぬまま。