はなぼうっ!
実希の言葉に珍しく何も返さない虎太郎に再び声を掛けつつ顔をのぞき込んでみると、慌てたように口を開いた。
「いやいや! っつーか俺彼女いらねぇし? 興味ねぇっつーか、実希以外の──」
「えぇ!? こたちゃん女の子興味ないの!?」
「おう。 だって俺──」
「そっか……そういうのって『ぼーいずらぶ』って言うんだっけ……?」
「………………はい?」
虎太郎は目の前にいる、ちっとも自分の話を聞こうとしない少女の言葉に、耳を疑った。
「だいじょぶだよこたちゃん! 実希偏見とかないもん!」
「いや、ちょ……」
「お互いが好きなら全然問題無いと思うの!」
「なんぞ!? え、おいなんだこの流れ……」
「えと……うん! ご飯食べよ! 入学式遅刻出来ないもんね!」
「…………ハイ」
もう諦めたとでも言うように、虎太郎は実希と共に両手を合わしてフォークを手に取った。
とうに砂が落ちきっていたせいか、紅茶は想像していたよりもずっと苦くて二人で顔をしかめた。
先程の会話のせいなのか、いつも賑やかな筈の食卓には時計の音しか聞こえない。
酷すぎる勘違いのお陰で傷心な虎太郎から話を振れるはずもなく、ただ黙々と甘いフレンチトーストを口に運んでいく。
チラリと目の前にいる実希の様子に特に変わりなく、相変わらずのんびりと自分で作ったフレンチトーストを幸せそうに頬張っている。
なるほど確かに虎太郎がホモだと勘違いしていても、さして何の気にもしていないようだ。
「今日はね、上手く出来たと思うの!」
「あ……あぁ、サンキュー……」
虎太郎も深いショックを実希に悟られないよう、出来る限りの笑顔で甘いフレンチトーストと苦い紅茶を口に運び続けた。
この時既に、リビングにある丸いシックな壁掛け時計は、短針が八、長針が九を指していた……。