メリアと怪盗伯爵
「大丈夫、君の顔の方が優先だよ。こいつはこうして使われることが仕事なんだから、ね?」
もっともなパトリックの説明に、メリアは逃げる口実を失って静かにそこで拭き終えるのを待つことにした。
パトリックの整った綺麗な顔があまりに近く、メリアは目線のやり場に存外困っていた。かと言って、目を閉じるのも妙だし、じっと顔を見つめるのもやはり変だ。
(ち・・・近い・・・。どうしよう・・・・・・)
なるべく彼の顔を見ないよう胸の辺りに視線を落とし、メリアは懸命にその時間を堪え忍ぶことにする。
「さ、もういいよ」
「あ、あ、ありがとうございます」
逃げるように後ろへ飛び退くと、メリアは何度も頭を下げた。
その度に帽子の唾が風でふわふわと舞いそうになる。
パトリックが咄嗟に帽子に手をやろうとした瞬間に、メリアがいい考えを思いついた。
「あっ、パ、パトリック様??」
「ん?」
突然メリアに名前を呼ばれ、パトリックは帽子に伸ばしていた手を引っ込める。
「そのっ、もしご迷惑でなければ、このピエール・ド・ロンサールの苗を、ダニエルに持って帰ってあげていただけないでしょうか・・・??」
予想外なメリアのお願いに、パトリックの動きが一瞬静止する。