メリアと怪盗伯爵
「中庭は卒業か?」
メリアは驚いて見上げた。
「おかえりなさいませ…、エドマンド様!」
帰宅を終えたエドマンドが、メリアを静かに見下ろしていたのだ。
彼はそっとメリアに手を差し出す。ダンスの前にパートナーに差し出すそれと同じものだ。
「??」
事態が飲み込めずに、メリアがぽかんとした顔で彼の手を見つたまま動かないので、エドマンドは痺れを切らして付け足した。
「透明人間相手に練習するよりは、少しは為になるだろう」
その言葉で、やっとメリアは意味を解した。
エドマンドは、どうやらメリアのダンスの練習に付き合うつもりのようだ。
メリアは、おそるおそる自らの手を出した。
その手の先をそっと掴むと、エドマンドはぐいとメリアを引き寄せた。
急に近くなった二人の距離に、メリアは思わず息を詰める。
「固いな・・・。君には鉄芯か何か入っているんじゃないか?」
急に恥ずかしくなって、メリアの身体にますます力が入る。
そんな彼女を知ってか知らずか、エドマンドがゆっくりと足を踏み出した。
(ワン・ツー・スリー、ワン・ツ・スリー!)
あまりの必死さに、メリアは懸命に足元ばかりに意識を集中させる。ここでエドマンドの足を踏んずけてしまうのは絶対に避けたかったのだ。
「力を抜け」
エドマンドに囁かれ、メリアはひやりとしてなんとか肩の力だけは抜いた振りをした。
「・・・顔を上げろ。君は十分にステップを身体で覚えた筈だ。足は意識せずとも自然に動く。俺がリードしているんだ。俺を信じろ」
はっとなって、メリアは暗がりのエドマンドの顔を見つめた。
「はい」
これ程近くで彼の表情を見つめたことは、嘗て無かっただろう。
ドキっとする程の美しい彼の翡翠色の目は、じっとメリアを見つめ返してくる。その目を見ていると、メリアは彼に身を任せてしまおうと不思議と思えてくるのだった。