メリアと怪盗伯爵
「招待しておいてこんなことを言えば、彼には失礼かもしれないが、わたしは今実についているようだ」
そう言って、デイ・ルイスは小柄なメリアに小さく頭を下げた。
「??」
目の前に差し出された手に戸惑い、メリアはきょとんと彼の手を見つめる。
「わたしと踊っていただけませんか、ミス・メリア」
差し出された手は、ダンスへの誘いに他ならなかった。
どうしていいものか落ち着き無い様子で差し出された手を見つめてくるメリアに、デイ・ルイス侯爵がそっと耳打ちする。
「しばらくは貴女のナイトもここへは戻って来られなさそうですし、せめて彼が戻ってくるまでの間だけでも暇潰しにいかがです?」
と。彼の見つめる視線の先に、人混みの中でパトリック・モールディング伯爵らしい人物の影を確認する。
彼の手には二つのグラス。対面しているのは、遠くからでもはっきりと分かるあの美しい女性だった・・・。キャサリン・デイ・ルイス嬢。目の前にいるこの神秘的な男の実の妹にあたる人だ。そして何より、パトリックの過去の人でもある・・・。
「そうですね」
これ程離れていては、二人の会話が聞こえる筈も無く、そして、仮面をつけたその表情を伺い知ることもできない。
二人の関係を知ったのはつい最近のことだ。それも、リリー・サリーに会いに行った際に聞かされた衝撃的な事実だった。
婚約を発表したばかりのキャサリン・デイ・ルイス嬢だが、あの様子だと、まだパトリックに対する想いを払拭できていないのだろう。
けれど、こうして見てみれば、パトリック・モールディング伯爵という完璧な男の隣には、やはり本物の令嬢である完璧なキャサリン・デイ・ルイスのような完璧な女性の存在がとても自然だ。
そして彼女に、偽令嬢であるメリアが彼の隣に立っていること自体がおかしなことだと実感させられるのには十分な風景だった。