メリアと怪盗伯爵
「パトリック」
この心地の良いよく通る美しい声に、パトリックは耳に覚えがあった。
忘れようにも簡単にはそうはさせてくれないらしい・・・。
「やあ」
パトリックは両手に持ったままのグラスの中身を溢さないように、そっと視線を上げた。
「なんてひどい人・・・」
今にも泣き出しそうな顔で、黒い瞳を揺らすキャサリン・デイ・ルイスは、左の薬指にはめられた輝く指輪をさっと隠すようにして右の手で覆った。
「そうだね・・・。ここでこうして君と顔を合わせるだろうことは、僕も予想していなかった訳じゃない・・・」
さっきまで浮かべられていた彼の優しい笑みは、いつの間にか少し翳りを落とした笑みに変わってしまっていた。
「いいえ、ここへ来たことは咎めはしませんわ・・・。ただ・・・」
キャサリンが人混みの向こうへ視線を移す。
その先には、可憐なドレスを身に纏った、赤毛の令嬢の姿が。それは、紛れも無くメリアに違い無かった。
(・・・・・・女性の勘とは鋭いものだな・・・)
小さく溜め息をつき、パトリックはグラスを通りがかりのグラス回収用のトレーにそっと戻すと、「少し別の場所で話さないか?」と、キャサリンに持ちかけた。
さすがに、こんな人ごみ中での込み入った話は不味い。
「ええ・・・」
(メリア。すまない・・・。これ以上この問題を後に引き摺る訳にはいかないみたいだ。なるべく早く戻るからね・・・)
以前に続き、彼女の元から離れるのはこれで二度目になる。
あの時の後悔は、今でもずっと変わらないが、もう、同じ過ちを繰り返さない為にも、ここでキャサリン・デイ・ルイスとの件はきっちりと片付けてしまう必要があった。
かと言って、慣れないパーティー会場で長らく彼女を放置しておくにはあまりに忍びない。そう、ここには以前のように、頼りになる友人エドマンド・ランバート伯爵の姿は無いのだから・・・。