メリアと怪盗伯爵



 アドルフ・デイ・ルイス侯爵は、可憐な少女に背を向けた途端、それまで口元に浮かべていた穏やかな笑みを豹変させた。
 彼は真っ直ぐ会場の出入り口に向け歩き始めると、華やかな音楽と会場が遠ざかってゆく中、内ポケットに入れたままになっていた忌々しい紙を掴み出した。
 以前に握り締めたことにおり、いくつもの皺を刻んだその紙は、アダム・クラーク男爵家の屋敷の地下で発見したそれと酷似した上質な紙。
 差出人は、あの闇の騎士(ダーク・ナイト)。そう、これはあの大怪盗からの二通目の挑戦状に他ならない。

 人気が無いことを確認すると、彼はその紙を再び開いた。

”陰は偽りの仮面を好むもの
 嘘に酔いしれる人々の目にベールは未だはためく。
 だが
 月明かりは必ずベールを包み隠さず透かしとるだろう。
 真実はもうすぐ暴かれる。
 
 舞踏会の夜、貴殿の箱庭に参上する。
 闇にせいぜい注意することだ。
               闇の騎士(ダーク・ナイト)”

 
「貴様は一体いつ現れる、闇の騎士(ダーク・ナイト)…! いや、すでにここに潜んでいるのか…??」
 デイ・ルイス侯爵はさり気無く後方の会場に視線をやる。……が、特に大きく変わった様子も無い。
 今しがた別れたばかりの可憐な少女が気にかかるが、ここへ闇の騎士が来ることを知ってみすみす待つこともできず、デイ・ルイス侯爵は吹っ切るように頭を小さく
横に振った。
 彼女の元には、まだパートナーであるパトリック・モールディング伯爵が戻って来ていない。こちらの暮らしに慣れない彼女にとって、こんな会場に一人にされる程不安
なものは無い筈だということもデイ・ルイス侯爵には分かっていた。
 けれど、彼はそんな彼女の不安そうな姿を見つけて密かにほくそ笑んでいた。そう、彼には大きな計画があったのだ。闇の騎士の身柄を拘束し、その正体を掴んだ暁には
彼女の心は確実に自分へと傾くに違い無いという自信があったのだ。
 その自信にははっきりとした理由があった。そう、理由が……。

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