メリアと怪盗伯爵
「キャサリン…、以前も話したように、僕は…」
パトリックがそう口にしかけた途端、キャサリン・デイ・ルイスは涙を浮かべた目できっと彼を見上げてきた。
バルコニーには他に人気は無く、今夜も美しい月が明るい光を放っている。
「貴方は確かに別に好きな人ができた訳では無いとおっしゃった。けれど、あれは嘘でしたのね」
大きく美しい黒い瞳を見つめ、パトリックがぎょっと目を見開く。
「キャサリン、一体何を…」
「わたくしの目は誤魔化せませんのよ、パトリック。貴方の目が、顔が、わたくしにでは無く、一人を見つめていること位わたくしでもはっきりと分かります」
キャサリン・デイ・ルイスは、すでにパトリックのメリアに対する想いに気付いてしまっていたのだ。
「あの子がお好きなのでしょう? パトリック。あの赤髪の子…、名前をそう…メリアと言ったかしら?」
どういう訳かメリアの名前まで知ってしまっているキャサリンに、パトリックは一瞬戸惑うが、すぐにそれが兄であるアドルフ・デイ・ルイスからの入れ知恵であることに
気付き、溜め息を洩らす。
「キャサリン、誤解だよ。君もよく知る僕の友人、エドマンド・ランバート伯爵の親類の娘だ。僕が彼女とともにここへ訪れたのには特に大きな意味は無いよ」
パトリックは自ら口にした言葉で胸が少しばかり締め付けられる思いがした。これこそが彼にとっては大きな嘘だった為だ。
「いいえ、違う。貴方は確かにあの子が好き。では、大きな意味も無いのにどうして貴方はあの子に仮面の対を手渡したの?」
キャサリンの読みは正しかった。利口な彼女は、パトリックならではの独特な洒落た仮面がメリアのものと対になっていることに逸早く気付いていたのだ。そして彼は絶対
に親しい者であっても自らと同じデザインの物を他の者にはプレゼントしないということも知っていたのだ。
「あ、ああ…。確かに彼女には僕から仮面をプレゼントした。けれど、プレゼントしたのは僕に限ってじゃない。エドマンド・ランバート伯爵も彼女にドレスを贈っている。
だから、それは特別なことじゃないんだよ」
ここで、これ以上は話をややこしくする訳にはいかず、パトリックは既に疑っているキャサリンをなんとして宥める戦法に出ることにした。それが例え嘘八百に陥ろうとも…。
「そう…。でも、例えそうだとしても、もうあの子はもうご実家に送り帰すべきですわ…」
キャサリンの目はもうか弱い女性のものとは打って変わっていた。
「それはどういう意味だい?」
彼女の意図することが読み取れず、パトリックはじっと彼女の黒い瞳を見つめ返した。