メリアと怪盗伯爵
ウィスキーでの消毒を終えた闇の騎士には、うっすらと玉の汗が背中に浮き出している。不謹慎とは言え、メリアは生まれて初めて男性の身体が美しいと感じていた。
「わざわざ鋏で布を裁ってくれたのか」
巻きつけ安いようにと、メリアが予め布を細長く裁断しておいたのだ。
赤くなって俯いたメリアを他所に、彼は慣れた手つきで布を上手にくるくると傷口に宛てがい撒きつけてゆく。
そう長くはかからないうちに、彼の応急手当は完了し、メリアが気付いたときには彼は再びあの黒い衣装を身につけていくところだった。
(わ、わたしったら、一体何をしているの・・・? 彼はあの大怪盗”闇の騎士(ダーク・ナイト”よ?)
メリアの戸惑う様子に気付き、男は静かに言った。
「君を巻き込んでしまってすまなかった。だが、お蔭で助かった」
痛みを堪え、男はソファーから立ち上がった。
「折り入って願いたいのだが・・・、今夜のことは黙っていていてはくれまいだろうか?」
いつの間にかメリアのすぐ前まで移動してきていた男に、メリアはゴクリと唾を飲み込む。仮面の下の唇だけでも、彼が相当な美顔を持ち合わせていることは明らかだった。
「え・・・、ええ・・・」
呆けたように頷いたメリアに、彼はその整った薄い唇を緩ませた。
「君ならそう言ってくれると思っていた。その代わりと言ってはなんだが・・・」
闇の騎士は、そっとメリアの手を取り、その前に静かに跪いた。
「君が絶対絶命のピンチに陥ったときは、きっと僕が助けに来よう」
そう言って、彼は静かにメリアの右手の中指に口付けた。