メリアと怪盗伯爵
あの日の晩以来、パトリックはどういう訳かメリアの顔をまともに見ることができないでいた。
(僕がキャサリン・デイ・ルイスを拒んだのは、彼女を愛していないからだ・・・。でも、もしも、メリアに出会う前の僕なら、愛していなくとも、彼女を連れて逃げただろうか・・・)
机にもたれ掛かりながら、パトリックは静かに目を閉じた。
『トントン』
ノックの音の後、パトリックは「どうぞ」と珍しく間延びした声で答えた。
「失礼します、パトリック坊ちゃん」
部屋に入ったきたのは、モールディング家の屋敷に仕える執事、セドリックである。
入ってくるなり、セドリックは呆れたようにパトリックを見やる。
「なんという格好ですか・・・。屋敷の主たる貴方が、そんな気の抜けた姿で・・・」
ツカツカと皮の靴を鳴らし、セドリックはそれでも動かないパトリックを見下ろした。
「僕は今、傷心中なんだ。そっとしておいてくれないか?」
魂の抜け殻のようなパトリックに、セドリックは腰に手を当て言った。
「何が傷心中ですか! 傷心しているのは、パトリック坊ちゃんではなくキャサリン・デイ・ルイス嬢の方でしょう!」
まさに彼の言うことは正しい。
振られたのはキャサリンの方だ。