Alice in the crAzy world
「これは大切な本だから」
「え?」
よくわからないことを彼は言った。
聞き返してみても、微笑みを崩さずにいる彼。
あたしはどうすれば良いのかわからずに口をつぐんだ。
「今日は何日で何曜日だっけ」
突如、彼が呟くようにそう言った。
独り言かと思ったけど、あたしに聞いてるんだと気付いて慌てて答えを返す。
「今日は13日で金曜日……、です」
あたしは眉をひそめる。
13日の金曜日…、なんか不吉。
「そう。ちょうどいいね」
「え?」
さっきから訳のわからないことばかり言われる。
もしかしたら少し、変わった人なのかも。
素性の知れない彼に、あたしは少しだけ恐怖を抱き始めた。
そのとき、強い風が吹いた。
テラスに置いてある涼しげな観葉植物の葉がゆらゆら揺れる。
パサパサ…と乾いた音をたてて、机の上に置かれた例の本のページがめくれた。
それを見てあたしはぎょっとした。
どうして。
「何で、その本真っ白なんですか…?」
めくれて見えたページ全てはまっさらな白で、どこにも文字なんて書かれていなかった。
一体彼はいつもこれの何を読んでいたんだろうか。
おかしいと思い見上げると、質問には答えずににっこりと笑う顔があった。
その形の良い唇が動く。
「名前を教えてあげようか」
名前…?
彼の名前を教えてくれる、ってこと?
あたしは小さく頷く。
彼はまたにっこりと笑った。
すっ、と彼の指先があたしへと向けられる。
目を丸くするあたしに向かって、彼は静かに言い放った。
「"アリス"」