社長の溺愛
ふと腕時計に気を散らせば、すでに出なくてはならない時間を差し示している
あぁ…もぅ……
頭を抱えるとはまさにこのことを言うのだろうか
時間に追われ、早く会社に行かなければならないこの状態で翼を心配して来て
さっきまでは我が儘を言ってほしい
もっと頼ってほしいと思っていたのに
理不尽なことにイライラしてくる
こんな自分はものすごく嫌になる
翼に対しての怒りではない、自分にたいしてなんだと思う
彩加も時間がもうないことに気づいたのか、恐る恐るといった体で話しかけた
「ねぇ翼ちゃん…これ以上慎を困らせないでくれる?…言いにくいけど、迷惑なのよ…」
言い過ぎなのではないか…否、むしろ言わなくていいことだらけなのに
翼は何の反論もしない
彩加は続ける
「……あ…なの…」
声が小さくてよく聞こえなかったが、似たようなことだろう
いい加減、家を出なくてはと踵を返したところで
「1人でいいから…帰って!」
またもさっきと同じような声が聞こえた
無意識に振り返った俺
条件反射のように口から滑り落ちた言葉
気づいたときにはもう遅かった
「いい加減にしろ翼!彩加に謝れっ!」