社長の溺愛
「はぁ……」
まるでここだけ時間が止まったようだ、と幸弘は翼の部屋を見渡した
使いたくないけど…携帯、調べるか
慎のパソコンを使おうと少し駆け足でリビングまで行く
慎の部屋はその先にあるのだ
と…キッチンにあるものに思わず目がいく
人よりも幾分か冷静な幸弘が思わず愕然とした
翼がいないと知った瞬間なんかよりも何倍もの衝撃
(あーぁ、慎怒っちゃうよ)
綺麗に片付けられたキッチンに異様なほどに無機質的で白いそれ
上品なシンクにぽつんと置かれ、まるで持ち主を待っているようなそれ
慎と色ちがいの携帯電話はただの携帯電話と化していた
彼女は消えたのだ
なにも残さずに、
用のない機械を置いて
ガタガタと騒ぎ立てるように色んな場所を駆け回る
すべての引き出し、棚と棚との隙間、一冊一冊の本の中
何処を探しても松谷翼はなかった
存在すらしてなかったように
(俺がもっと早く……あのことを…)