社長の溺愛



「はぁ……」


まるでここだけ時間が止まったようだ、と幸弘は翼の部屋を見渡した


使いたくないけど…携帯、調べるか


慎のパソコンを使おうと少し駆け足でリビングまで行く


慎の部屋はその先にあるのだ


と…キッチンにあるものに思わず目がいく


人よりも幾分か冷静な幸弘が思わず愕然とした


翼がいないと知った瞬間なんかよりも何倍もの衝撃


(あーぁ、慎怒っちゃうよ)


綺麗に片付けられたキッチンに異様なほどに無機質的で白いそれ


上品なシンクにぽつんと置かれ、まるで持ち主を待っているようなそれ


慎と色ちがいの携帯電話はただの携帯電話と化していた


彼女は消えたのだ


なにも残さずに、


用のない機械を置いて


ガタガタと騒ぎ立てるように色んな場所を駆け回る


すべての引き出し、棚と棚との隙間、一冊一冊の本の中


何処を探しても松谷翼はなかった


存在すらしてなかったように


(俺がもっと早く……あのことを…)



< 353 / 413 >

この作品をシェア

pagetop