眠りの聲(こえ)―宗久シリーズ小咄2―
もう知りませんと、妻は立ち上がった。



踵を返し、僕に背を向ける。







「ちょ………待って下さいよ、瑞江さん」






妻を止め様とした手は、空を泳いだ。



引き止めの声すらも聞いてくれないのか、妻の凛々しい後ろ姿は、廊下の奥へと消えてしまった………。








冷えた玄関、去る妻を見つめ、泳いでいた手を力無く落とす。









あれは怒っている。

と言うより、すねている。





どうしてこうなるのかな……。



ある程度、予想はしていたけれど。







僕は、右手に下げた紙袋を玄関に降ろした。









瑞江さん、怒りすぎです。

生徒からの義理チョコですよ?

思春期の少女のお祭りですよ。

他意はありません。

佐藤先生の件も、事実無根ですよ。








言いたい事は、心中を漂う。




立ち尽くし、僕は情けない溜息をつき、肩を落とす。





寒さが骨身に染みる。



五臓六腑に染み込みますよ……瑞江さん。



家に入ってはいけませんかね。


お腹も空いているんですよ。





また、溜息が漏れた。

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