土曜日の図書館
「手で掬えば儚く消える、季節外れの悲しい雪。
僕の恋のイメージだよ。」


あまり鋭い方ではないけれど、彼の顔を見て何も分からないほど鈍いつもりもない。
―――彼は確かに誰かを想っている。
叶うことのない想いをただ抱えて。
彼の想い人は『山内さん』ではない。


「山内さんのことは…大切でしたか?」

「…どう言えばいいのか、僕もまだよく分かっていないけれど。
それでも大切だと言えるくらいに大切だったよ。」


彼が一瞬言い淀んだ。
迷いがあったわけではないような気がする。


「自分のためにあんなに喜怒哀楽する人間はいなかったよ、僕の人生の中で。
かえでは僕にとってとても新鮮で、新しい世界だった。」


『だった』
その言葉が酷く痛い。山内さんがもう遠い。


「僕は大切に想う人を大切にできない。
だから君には、大切な人を大切にしてほしいと思うよ。」


彼らしからぬ強さを携え、そう言った。
もうこれ以上何も言えない、そんな気がした。


彼の抱えているものは俺には大きすぎる。
それに誰かと共有できるものでもなさそうだと直感的に思う。


だったら今俺が言うべきは…。


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