失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「そんな上っ面の家族じゃない」
親父が不意に話し始めた
「ちゃんと…心が通ってるんですよ
俺たちは」
「でもご本人がどう考えていたかは
本人しか知りませんからね」
担当官は冷静な口調で親父に答えた
「届けを出される方はだいたいそう
おっしゃいます…家出をするほどの
トラブルはなかった…とね」
担当官はそこで言葉を切った
そしてもう一度資料を見た
「息子さんはいつもパソコンで手紙
を書きますか?」
兄は理系にありがちな
字の下手な人だった
高校生の頃から大概文書は
パソコンを使っていた
「…パソコンです…ですが」
「なにか…?」
「これはあの子の書いたものでは
ありません」
「というと?」
「息子はこんなことしません」
僕は母の言葉を継いだ
「誰かが…やったんです…兄に見せ
掛けて」
担当官はまるで説教のように
僕に向かって語りかけた
「現実を受け入れないとね…お兄さ
んの心はお兄さんにしか分からない
ショックが大きいのは良くわかるけ
れど」
「だけど…それは」
(僕らには通用しないんだ
だって愛し合っているんだから)
あまりにも通り一辺な解釈をされ
僕は思わずそう言ってしまいそうに
なった
だめだ
こんな重大な場面ですら
この秘密が足かせとなって
状況を正しく伝えることさえ
出来ないのか
胸を掻きむしられるような煩悶が
僕を襲った