失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



不機嫌な医者は僕に抗生物質と

バルビツール系の睡眠薬をくれた

「寝る前に飲んで…墓穴の前には

無駄な投薬だがな…仕方ない…あの

人の大事なのは取り引きだ…まあ当

たり前だがな…そういう男だ…きみ

を好きなんだと思わず勘違いしたよ

くそ…頭に来る…あんまりうろたえ

るから無駄な気をまわした…」

医者はコップに水を入れて

僕に渡そうとした

「起きれるかな?」

少し身体を起こした

「なんとか…」



薬を飲みまた横になった

「何が『助けてやってくれ』だ」

医者は変なことを口走った

「あの人が…言ったんですか?」

「ああ…さっき飯を食いながらな」

医者は部屋の明かりを消した

足元のランプだけがほの暗く

部屋の4隅をうっすらと

浮かび上がらせていた

「きみ…なんとか眠るんだ…向こう

で本読んでるから…なんかあったら

呼んでくれよ」

医者は隣の部屋に行った

シャブなんか打ったら寝られない

だから夜勤の医者がシャブ漬けにな

るんだと誰かから聞いたことがある





ベッドの足元に医者のカバンがある

暗がりで僕はそれに気づいた



医療器具

もしかして



僕は急に心拍数の上がるのを感じた

僕は痛みをこらえて身体を起こした

激痛が走ったが

僕の身体はその目的に向かって

止まることはなかった



(助けてやってくれ)

カバンを漁る手が一瞬止まる

心と身体が別のことをしている

そんな違和感が僕を捉えていた

(今さら助けてやれなんて迷惑だ)

殺意が鈍ることが心底怖かった




その時銀色の長細いものが

視界をかすめた

滅菌パックの中に入った

使い捨てのメスが





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