失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
ドアが閉められた途端
脇の下から汗が噴き出してきた
僕はベッドに倒れこんだ
バレなかった
いや…バレてもとがめない
あの先生ならきっと…
だがベッドに身体を沈めながら
僕は不意にあることに気がついた
このメスで男を殺して逃げたら…
医者が共謀したと
誤解されるのではないか?
そしたらあの医者は…
間違いない…リンチだ
もし男を殺して凶器を取り残したら
医者が殺される
幹部が殺されたんだ
禍根は断たれる
仮に"僕に盗まれた"って
本当のことあいつらに言っても
信じてはくれないだろう
凶器が残るだけで
医者の命が危なくなる
僕は彼に救われたんだ
なのに
そのことに今さら気がついた
僕が逃げ出したら
絶対に凶器は残せない
そんな危険な賭けを…
僕はどうやって…?
あんなに待ち望んでいた凶器が
いまこの手にあるのに…
サージカルテープで
ベッドの裏に貼り付けられたメスを
震える指で確かめながら
僕は途方に暮れていた