失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
説明する必要もないと言いながら
男は話し続けた
「そんなことはいつものことだ…俺
は組織の中の立場と役割を全うする
ことを常に選ぶ…そこに迷いはない
だが…今回は特別だ」
「…なにが…特別なの…?」
自分でも止められなくて
僕は聞いてしまっていた
一番尋ねたくないそれを
だが男はいとも簡単に答えた
「こんなことを誰かに言ったことが
なかったからな」
そのひとことを聞いたとたん
僕は心をえぐられるような
激しい痛みを感じた
もうなにも言わないで
とすら思うほど
男はそう言うと
スッとベッドから立ち上がった
「明日の夜…迎えに来る…今の話は
忘れろ…わかったな」
男は振り向かなかった
ドアの閉まる音がした
真っ暗な部屋でベッドに横たわり
僕は心が砕けるような
痛みの中にいた
泣くことすら出来ないほど苦しくて
うめき声にもならず
息が止まりそうだった
だがこの激しい痛みは
兄が失踪してからの日々の中で
もうすぐ死んでいく僕の中でも
最も愛に満ちていて
最も悲しい痛みだった
僕は久しぶりに
神さまのことを思った
(感謝…します)
こんな地獄で
誰かに愛されていて…