失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
バスタブの湯の中から
彼は右足を引き上げた
右足のくるぶしの上で
きれいに足首が切断されていた
彼はそれを見てクククと笑った
「君に見てもらえるとは…!」
あんなに絡んで抱き合ったのに
どうして気づかなかったんだろう
僕は自分の意識の脆さに呆れた
だが彼は恍惚とした表情で
足首から先のない脚を眺めていた
「あの日家に帰り…荷物をまとめて
アメリカに行くはずだった」
彼は右足をまた湯船に戻した
「明け方車を走らせて空港に行く途
中…高速に入り車が故障した…勿論
誰かが仕組んだのは間違いないが…
車は制御を失って崖から落ちて大破
…だが私は直前に車から放り出され
奇跡的に助かった」
「そんな…ことが…」
僕の想像をはるかに超えた出来事に
僕はめまいを覚えた
「ただ…放り出されて右足がどこか
に叩きつけられて砕けていた…どこ
でそうなったかは記憶がない…頭を
打っていたからかも知れないが…」
そう言うと彼は初めて僕を
チラッと見た
「私はもう死んでるんだ…戸籍上」
「えっ…?」
ど…どういう…意味?
それは僕の理解を超えていた
彼は更に
衝撃的な告白を続けた