失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




兄が失踪する少し前に

ここで一晩二人で過ごした

僕がゴミだけ片づけていたが

それでもいつもの通り

部屋の中は雑然としていた

中年より少し若いかな

と思われるくらいの男の調査員は

部屋を見回しながら僕に訊いた


「いつもこんな感じなのかな?」

「あ…いつもより…片づいてます」

「君は良くこの部屋に来るの?」

「え…たまに…ですけど」


話をしながら

彼はパソコンの前に座った


「ここに書き置きがあった?」

「はい…見つけたのは母ですが」


調査員はパソコンのキーに

粉をはたいた

指紋を採る

僕の分も含めて家族の指紋は

すでに採取してあった


「お兄さんの友達とかはこの部屋に

来たりする?…職場の人とか」

「いえ…それは知りません」


本当に知らない

兄に友人と言える人は

いるんだろうか?

この部屋に来た兄と僕以外の誰かは

母と

あの人

それしか…知らない

調査員は手際よく作業しながら

質問を続けた


「君のお兄さんは交友範囲が狭かっ

たのかな…写真だけで判断するのは

失礼だけど…モテたんじゃない?」

「いえ…兄は無口で…人付き合いは

苦手でしたから…」


これ以上答えたくない

でも捜索に必要なら言わないと…

心が引き裂かれる


「彼女がいたってことは?」


心臓がドキッと音を立てて打った


「…聞いてない…ですね」

「…この前もお話ししたと思うんだ

けど」


彼は作業の手を止め

僕の顔をまじまじと見た












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