失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】
「ごめん…聞いて…いい?」
「なんだ?」
彼は僕の顔を覗き込んだ
ああ…そうだ
僕は何度この人にだまされてきたか
トラウマが有りすぎて
がんじがらめじゃないか
助けてくれたのに疑うのは
許して欲しい
だってあなたは…
僕は満身の力と
有るか無きかの気力とを振り絞り
彼に尋ねた
「お願い…身分証…見せて…」
一瞬の沈黙のあと
彼はいきなり噴き出した
「そうか!…あはははは!」
「な…なにが…可笑しい…!」
僕は彼の反応にどぎまぎしながら
精一杯怒った
彼は笑いを圧し殺しながら
上着の内ポケットに手を入れた
「いいよ…はい…これだろ?」
彼は二つ折りの手帳を取り出した
そしてテレビドラマなんかで警察が
犯人に見せるときのように
パカッと中を開いて僕の目の前に
差し出した
そこには半分から上に
"司法警察員 麻薬取締官"とあり
彼の顔写真が貼られ
名前があり
厚労省の印が押されていた
名前は知らない姓と名だった
下には金属の大きなバッヂがあり
そのバッヂには
"NALCOTICS AGENT"
というロゴが刻まれていた