失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】



「だって…全部知ってるんだ…僕の

こと兄貴のこと…兄貴の親父さんの

こと…それだけじゃない…僕がヤク

中になって客を取らされて売られた

ことまで…あなたは僕がまわされて

犯された声まで聞いて…あの部屋の

映像まで見てるんだよ…そしたら僕

はもう…あなたの前でだけはなにも

隠さなくて…いい」


僕はベッドから身体を起こし

彼を見上げた

「ホテルで…あなたに兄貴のことを

聞かれて答えているうちに…僕は思

い知った…この人だけは僕の苦しみ

を理解してくれるって…そう…神父

じゃなくて…あなたが…」


「君は……」

彼はそう言ったまま

次の言葉を探しあぐねていた

彼は僕から目を反らして

目線を床に落とした

「なんのつもりだ?罪悪感か…期待

されても困る…私が君の苦しみを理

解しているかなんて君には分からな

いだろう…私にわかるのは利害だ…

君の苦しみが何に利用出来るかはよ

くわかる」

僕は夢中で反論した

「あなたは両親に僕の状況を僕以上

に理解して説明してくれたじゃない

か!…さっきも僕がヤク中になった

のは信頼を裏切られたことが原因だ

って見抜いて…僕はあなたが他人の

苦しみを理解しないなんて思わない

僕は…あなたがあの地獄から救い出

してくれたあとも…今も…何度あな

たの援護に心と身体を救われたと思

うの?」


救出という奇跡のあとに

更なる奇跡を生み出す彼

弱った僕の心と身体を支え

次々と迷宮を逆さまにたどり

出口へとガイドしてくれる羅針盤

そんな彼の振る舞いのすべてに

僕は驚異と尊敬すら感じていた






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